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第34話

ゴールデンウイーク明けの寮は賑やかだった。元々、中高合わせて200人近い大所帯だが、大食堂も談話室もいつもとは違う華やぎがあった。 元来、遠方からの進学者用の寮なので、征治のように毎週末家に帰る者は稀で、皆久しぶりに実家に帰り、土産などを持ち帰ったのだ。 皆せっせと菓子などを配ったり交換したりしている。これは気が付かなかったなと思っている征治にも皆色々と手渡してくれる。恐縮する征治に、話したこともない中等部の子達まで「慶田盛さん、どうぞ」とお菓子を置いてく。 気付けば食堂のテーブルには両手では持ちきれないほどの土産の山ができていて、食堂のトレーを借りて部屋まで持ち帰った。 先に部屋に戻っていた田川は、トレーの上のお菓子の山を見てげらげら笑った。 「はあー、すごいな!」 「俺、何にも用意してなかったのに申し訳なかったよ。お返ししようにも、もう誰に何を貰ったのか分からなくなった」 「いいんだって、それは皆からの王子様への貢ぎ物なんだから」 「ん?」 「だからな、これは一種のコミュニケーション・ツールなわけ。普段、話すきっかけがない連中もこれをネタに口をきいたりできるだろ?そして、人気のバロメーターでもある。 かつて卒業した先輩で人気を二分する人たちがいてな、あの時は面白かったぞ。それぞれのファンが自分の支持する先輩の方を勝たせたくて、やたらとカサの張る土産を買ってきて。そうするとそれは卑怯だ、重さを量れだの、個数が重要だだの、一人で何個も入れるのはダメだだのと大騒ぎしてさ。 要するに、暇なんだ寮生は。特に土日の夜は何もすることがないからな」 「ふうん。知らなかった」 「しかし、入寮して一月(ひとつき)でこの人気はすごいぞ。まあ、お前の場合、入る前から寮生の間でよく話題になってたしな」 征治が怪訝な顔をすると、田川は征治を椅子に座らせ、自分も勉強机の椅子をずるずると引っ張ってきて向かいに座る。 「この一月(ひとつき)でお前が自分のことに無頓着で自覚のない奴だってわかったから、教えといてやるよ。 お前は入学早々、高等部3年の先輩に目をつけられたんだ。その人は寮生で俺の柔道部の先輩でもあった。体がでかくて髭も体毛も濃くて熊みたいだったから、皆にクマさんと呼ばれてた。 そのクマさんがお前に一目惚れしちゃったんだよ。俺達中等部の1年の時同じクラスだっただろ?クマさんが『田川、お前、あの白皙の美少年と同じクラスなんだってな。なんでもいいから教えてくれ』って迫るんだよ。 だから、俺は慶田盛はテニス部で、なかなか頭がよくて、物腰はスマートでお坊ちゃんぽいですとかそんなことをな。クマさんは愛嬌のある愛されキャラだったから、一躍お前の名前は寮に拡がった。ほら、俺達、暇だからさ。 クマさんの美少年好きは有名だったし、また始まっちゃったねっていう感じだったんだけど、興味本位でお前を見に行った奴らが『あれは本物だ』とか言い出して。 お前の事を褒めるとクマさんが『だろ?だろー?』って上機嫌になるんで、みんなも盛り上がってさ。そのうち誰かがお前の事を『貴公子』だとか呼び出して。次は誰かが『お城に住んでそう』なんて言ったもんだから、それからはお前のあだ名は『王子』になったんだ」 征治は田川の話に呆気にとられながらも、ああだから田川はやたらと俺の事を王子と言うのかと合点した。

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