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第35話

「でもさ、お前がここに入ったのが高等部になってからでよかったよ。お前、この1年ぐらいで随分体がでかくなって男っぽくなっただろ?昔の華奢な美少年のままだったら、本気で喰いに来る奴いそうだったもん」 ぎょっとして田川を見る。 「あ、クマさんの名誉のために言っとくけどクマさんじゃないよ。あの人は美しいものを愛でるだけでキュンキュンできる人だから。もっと肉食でお前の事を美味そうだと言ってるオスもいたんだよ。もう卒業したけどね」 自分と同じ性癖を持つ人間だと思い、ドキドキしながら聞いてみる。 「寮内でそういうことってあるのか?」 「うーん、確証はないけど、あるな。たまにマジもんがいるんだ。別に襲ったりするわけじゃないぞ。ただかなり強引に迫るんだ。それに流されちゃうやつもいるんだよ。男ばっかりの世界で疑似恋愛みたいな感じになっちゃうのかも知れないな」 「なるほど」 「そこまでいかなくても、抜きっこするパートナーがいるっていうのも何度か聞いたな」 「ぬきっこ?」 「あー、王子はこれだから。えっとだな、俺も経験はないから聞いた話だけど、自分の右手で擦るのと人にやってもらうのでは天と地の差があるんだってさ。で、恋愛感情はなくてもそれぐらいは共有できる相手っていうのを見つけて、お互いに気持ちよくなろうっていう関係だよ。親しくなりやすいし、利害関係が一致しやすい同室の奴とそうなるのが多いみたいだな」 正直、驚いた。若い男ばかりの共同生活だからなのか、話を聞いていると男と女の間に絶対的に引かれていると思っていた境界線が曖昧なような気がする。 「そういや、お前が男っぽくなってきたから、お前のファン層も変わってきたぞ。お前に憧れる年下の割合が増えてきた。かっこいいんだってさ。で、そいつらが俺に聞いてくれってうるさいんだよ。いっつもいそいそと週末に帰るのは、地元に姫がいてバラの花束を届けるためですかって」 「はああ?」 俺が会うのを心待ちにしているのは、ただひたすら俺が帰って来るのをじっと待っている何も欲しがらない小さな男の子だ。俺の可愛い陽向。大事に大事に恋を育んでいる俺の小さな恋人。 「おっ、これは当たりっぽい」 メモを取るふりをする田川に慌てて否定する。 「違う。愛犬に会うためだよ。週末しか構ってやれないから」 「ふうん。やっぱり城で飼っているのは、ボルゾイとかアフガンハウンドとか?それともシェパードとかドーベルマン系?」 相変わらずメモを取るふりをする田川に答える。 「ただの白い雑種だよ」 「ふん。それはあんまりウケなさそうだから黙っとこう」 つまらなさそうな顔をする田川に征治は声を立てて笑った。 笑いながら、田川との会話の中に何か心に引っ掛かりをおぼえた気がした。 それを征治が思い出すのは、ずっと先のことだった。

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