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第41話
その年の秋はなんとも落ち着かなかった。寮の先輩に学園祭の実行委員長がいて色々手伝わされた。
部活の方も、朝練に参加するようになったからか、背が伸び筋肉がついたからか、メキメキと腕が上がりレギュラーメンバー入りを果たしたおかげで、試合などがちょくちょく入る。
そんなわけで、週末に家に帰れない事も度々あった。
その家の方では母の体調がすぐれなかったし、離れの改造で人や物が出入りし騒々しかった。
土曜日、家に向かって歩いていると門から女子中学生が4人、出てくるのが見えた。あまり見かけない光景だ。4人はきゃいきゃい楽しそうにお喋りをしながらこちらに向かって歩いて来る。
「陽向君、やっぱりかわいいよねー」
「ほんと、超かわいい。頭もいいし、優しいしねー」
「知ってる?陽向君、先週演劇部の3年の人に告られてたらしいよ!」
「ええー、みんなのアイドルがぁ。どうなったの、それ」
「付き合ってる気配ないから、ごめんなさいしたんじゃない?」
その時一人が近づいてきた征治の顔を見て、
「あ、慶田盛君のお兄さん!」
と声を上げた。見ると4人のうちの2人は以前河原で会った子だった。
「こんにちは」
挨拶をすると、4人はもじもじしながら挨拶を返し、走って行ってしまった。そんなに勝は怖がられているのだろうか。
さっきから何かが胸の中でもやもやしている。先程耳にした女の子達の話のせいだろうか。陽向は俺のものなのにという気持ちがどこかにある。
お茶の稽古の後、本を持って陽向の部屋を訪れると、珍しくそこには勝がいた。二人で床に広げたプリントに何か書き込んでいる。
征治が入っていくと、勝はぷいとそっぽを向き、陽向はなんとも複雑な表情をした。
「陽向、続きの本持ってきたよ。小太郎の散歩、行ける?」
「ご、ごめんね、征治さん。あの、文化祭の事でやることがいっぱいあって・・・」
「忙しいなら、今日は俺一人で行ってくるよ。明日は行ける?」
「えーっと、作業の進み具合による・・・かな?」
「わかった。行けそうだったら教えて」
そう言って、征治は部屋を後にしたが、何か釈然としなかった。
一人で小太郎の散歩をしながら、征治は自分がすごくいらだっているのに気が付いた。原因はこのところの陽向の態度だ。
一緒に散歩に出るのを嫌がる素振りを見せるのだ。
先週の土曜はお茶の稽古が長引き慌てて帰ったのに、先に一人で小太郎を連れて出かけてしまっていた。日曜は重さんに頼まれた急ぎの用事があるとかで、征治一人で散歩に行った。
いつもその場しのぎのような苦しい言い訳で、一緒に出掛けるのを回避しようとしているように思えるのだ。もう、俺といるのは嫌になったんだろうか。
いや、じゃあ、あれは何なんだ?
昼間、征治が部屋の窓から庭を見下ろすと、こちらを見上げている陽向とよく目が合う。以前から目が合うと陽向は大きく手を振って合図を送ってきたが、今だって目が合うとにこっと笑って返したり、小さく手を振ったりするのだ。
陽向の気持がわからない。
結局、翌日の日曜日も作業が終わらなかったとかで征治一人で小太郎の散歩に行った。
征治は完全にふてくされていた。
いつもは寮の門限ぎりぎりに間に合うように帰っていたが、今日はもう早く帰ってしまおう。寮の仲間と騒いでいた方が気がまぎれる。
夕飯の準備をしていたお手伝いさんに、出来ていたおかずを適当に弁当箱につめてもらい
いつもよりかなり早く家を出た。
門に向かって歩いていると視界の端に植栽の手入れをしている陽向が見えたが、そのままずんずん門へ向かう。パタパタと誰かがこちらに向かって走って来る音がしたがそのまま門に手を掛けた。
「征治さん!もう寮に帰るの!?」
陽向の声が聞こえたが、征治は振り向かず
「ああ」
とだけ返事をして、そのまま外へ出た。
後ろで「征治さん!」と呼ぶ声が聞こえたが、足を止めることはできなかった。
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