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第42話
次の週は全くテンションが上がらなかった。
陽向の態度に怒っていた征治だが、だんだんあの別れ際の自分の態度はあんまりだったのではという気もしてきた。自分の方が二つも年上なのに、むくれてあんな子供っぽいことをしたのが恥ずかしくなってきた。
ちゃんと陽向と話そう。陽向が何を考えているのかちゃんと聞こう。
そう思って、次の週末も家路を急いでいた。すると、また家の門の前に女の子たちが見えた。
今日はそこで立ち止まって何か話しているようで、女の子の数も5人に増え、その輪の中心には陽向が立っていた。随分話が盛り上がっているようだ。
近づいていくと陽向が征治に気が付いて、「お帰りなさい」と声を掛けた。一斉に女の子たちが振り向いて征治の方を見る。口々に「こんにちは」と挨拶をする。
「じゃあ、ひなたん、月曜日に学校でねー」
「陽向君、いつもありがとねー」
「ひなたん、ばいばーい」
と言いながら帰っていく。歩きながらもきゃあきゃあ騒がしく、女の子って賑やかなんだなと見送った。
陽向に向き直って征治は聞いた。
「陽向、今日は一緒に小太郎の散歩に行ける?」
また陽向が困った様な顔をした。
「あの・・・今日は勝君と行く約束を・・・しちゃってて」
「今日は大事な話があるんだ。俺のお茶の稽古の後、一緒に行こう。いいね?」
陽向は俯いたまま答えない。征治の胸にもやもやが広がって来る。
さっきまで女の子達と楽しそうに話していたよな。俺とは話したくないの?俺じゃなくて勝と行きたいの?
その時、門の中からお手伝いさんが出てきて言った。
「征治坊ちゃん、ちょっとご相談が」
母が朝から具合が悪くて臥せっているらしいのだが、先程恵子叔母が今から行くと一方的に電話を掛けてきてこちらの返事も聞かず切ってしまったらしい。溜息をつきたくなるのをぐっと堪え、返事をする。
「わかりました。すぐ行きます」
陽向の事が気になったが、母の部屋に赴いて容態をうかがう。母は青い顔をして横になっており、とても叔母の相手は出来そうになかった。
征治は自分が応対し、必要なら叔母たちに昼食を食べて帰ってもらうからそのまま寝ているように言った。
やがて姦しい叔母と従妹がやってきて、征治は母は具合が悪い事、父に用事があるなら会社の方へ行ってほしいことを伝えた。
よかったら昼食をという社交辞令に「じゃあ遠慮なく」と言うので、母の体が弱いことについて延々と嫌味を言う叔母の話にうんざりしながら相手をした。
お茶の稽古の時間になったので、後をお手伝いさんたちに頼んで家を出た。自分でもわかるほど、色々なイライラが蓄積していた。
お茶の師匠にすぐさまそれを指摘され、集中していない、所作が乱れていると叱責を受けた。
稽古を終え、家に向かう。
今日こそちゃんと陽向と話さなければ。
そうしなければ大事なものが壊れてしまう予感がして、ほんの200メートル程しか離れていないその道のりを最後の方は駆けるようにして帰った。
家に入った征治は、いつもとは違う異様な空気に気が付いた。
なんだ?
庭の方にたくさんの人の気配を感じて縁側へ向かった。
そこには信じられない光景が広がっていた。
真ん中には白いシャツを真っ赤に染めた陽向が立っていた。
その足元には口から血を流して倒れている小太郎の姿。すぐ横に血が付いた陽向の金属バットが落ちていた。
その周りを取り囲むように、勝と使用人たちが、少し離れたところに従妹の里香が呆然として立ちつくしていた。
「何があったんだ!」
征治は叫んだ。皆が息を飲んで固まっている。
やがて、勝が掠れた声で言った。
「陽向が・・・小太郎を殴り殺した」
その日から、陽向は口がきけなくなった。
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