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第44話

「私、もう怖くって・・・声も出せずに、脚も震えて動けなくって・・・でもやっと誰か呼びに行かなきゃって思って走り出したんだけど、きっと動顛していたのね。足がもつれてちっとも進まないし、なぜだか自分の家の人間を呼ぶことばかり考えていて・・・家に着いて母の顔を見たら安心して・・・情けないことに失神しちゃったの」 肩をすくめて、溜息をつく。 「陽向君がワンちゃんを死なせちゃって、その後倒れてうちの病院に運び込まれたこと、次の日にお手伝いさんから聞いたの。 あの、怒らないでね?お手伝いさんは慶田盛家の次男は乱暴者で有名だけど、引き取られたあの子まであんな恐ろしいことするなんて、お嬢様はあの家に近づいてはいけませんよって。 私、陽向君がワンちゃんを死なせちゃったことになっててびっくりしたわ。だから、お夕食の時に両親に相談したの。私が見た状況では陽向君は必死で勝君を止めているように見えたって。 父はしばらく考えていたけれど、私が確かに勝君がワンちゃんを殺しているところを目撃したわけじゃないし、陽向君ももう中学生なんだから自分がやったのではなければ自分で釈明するだろうから、よその家の事に口出しするのはどうかと。 母は私が顔面蒼白で駆け込んできて失神したことがとてもショックだったみたいで、あまり関わらないでって。それに、勝君が・・・その」 「ああ、わかるよ。勝は粗暴で有名だったからね、大事な娘を危険な目に合わせたくなかったんだろうね」 申し訳なさそうに頷いて千香子は続けた。 「ワンちゃんがいなくなって、お散歩させている陽向君に会うことも無くなって・・・お茶のお稽古もなんとなく怖くて慶田盛家の前を通らなくなったから・・・陽向君が口がきけなくなったって知ったのはずっと後の事だったわ。 あの事件と関係があるんじゃないかって気になって、父に聞いてみたの。精神的なショックで口がきけなくなるという話は聞いたことがあるが、たいていは一時的なもので落ち着いてきたら治るって言われてほっとしたわ。でもずっと治らなかったのよね?」 征治は頷く。 「うちのお手伝いさんは早くに旦那さんを亡くされて、うちに住み込みだったのね。娘の繁子ちゃんも一緒だったのだけれど、繁子ちゃんは勝君たちと同じ歳で同じ中学と高校だったの。 繁子ちゃんは陽向君の事が好きだったみたいで・・・勝君がいつも陽向君を家来のように振り回して、ちょっとでも自分から離れると怒鳴ったりするって怒ってたわ。陽向君は慶田盛家に世話になっているから言うなりになるしかなくてかわいそうだって。 私もそれを聞いて同情していたの。だから、もしかしたら本当は勝君がワンちゃんを死なせてしまったのに、陽向君が濡れ衣を着せられてしまったのかもって。勝君がとても怖く感じたの。 でもね、最近になって思うの。本当は少し違ったんじゃないかって」

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