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<第5章> 第50話
勝は仙台の大学に進学したはずだった。
しかし、勝が進学した年の新学期が始まってすぐ、父親の事件が世の明るみに出た。母親の病気の悪化、父親の逮捕、そして両親の離婚。
征治は今後、膨大な相続税と固定資産税が払えなくなることを予測して、屋敷を市に寄贈することができないか森本弁護士事務所と相談し、目まぐるしく走り回っていた。
国に物納してまうと、競売に出されて結局マンションにされてしまうかもしれない。亡くなった祖父や死の間際まで松平の誇りを護ろうとしている母の為にも、なんとかそれは阻止したかった。
その他にも、使用人たちの今後や、父の会社の社員たちなど心配事も山ほどあった。
そんななか、ポンと勝から手紙が届いた。
中には便箋が一枚。
「俺は慶田盛からも松平からも縁を切る。一切の権利も放棄する。大学も退学届を出した。探さないでくれ」
そうして勝は失踪した。
母親の死に目にも葬式にも現れなかった。生前、母は当然心配した。勾留先で聞いたであろう父はきっと激怒していただろう。
征治も、この大変な時にあまりに身勝手な行動をとる弟に、心配するのではなく腹を立てた。あのふてぶてしい弟の事だ、なんとかやっていくだろうという気持ちもあり、そのまま放置した。
その無関心の結果、たった一人の兄弟の居所がわからない。失踪後何年かして戸籍が分籍され、住民票も移されていた。父に久しぶりに電話をして確認したが、やはり何も知らなかった。
何年も放置した後だ。手がかりをつかもうにも何もなく、征治はプロに探してもらうことにした。かなりの出費が伴うだろうが、どうしても勝に会って話を聞かなければならない。幸い仕事絡みで信用のおける調査事務所にはつてがある。
調査事務所は1週間で勝の居所と仕事を調べ上げた。その調査を待つ間、征治は吉沢に連絡を入れた。過去の出来事を遡って調べていると伝える。まだ核心に辿り着いていないので今はそれしか言えない。そして、陽向の様子を聞く。
「契約している連載はこなしているようですが、完結しても本にはしないと言っているそうです。そして、やっぱり閉じこもっていて私にも会ってくれません。こんなことは初めてです」
吉沢の声は寂しそうに聞こえた。
勝は東北地方の農協、その中でも専門農協というところで働いているらしかった。征治は農協の組織については全く知識がないが、農業と勝のイメージが重ならなかった。しかし、あの粗暴なやんちゃものが悪い世界に足を踏み入れているのではと心配していたので、意外ではあるがほっとしたのも事実だった。調査によると、結婚はしておらず真面目な働きぶりで、地域の農家の信頼も厚いとあった。
個人的な電話番号は分からなかったので、職場に連絡を入れた。最初は身内であると名乗った。しかし、電話口にでた勝は無言で、こちらが大事な話があると言ったにもかかわらず、「俺はない」の一言で、電話を切った。
次は業者の振りをして電話を掛けた。
「はい、お電話代わりました。松平です」
とよそ行きの声を出す勝に、一言目から先制攻撃をかける。
「風見陽向の件で話がある」
電話の向こうで、勝が息を飲むのがわかった。
「俺だよ、勝。お前に陽向の事でどうしても聞きたいことがある」
「陽向の事・・・兄貴は陽向の行方を知っているのか?」
読み通り、食いついた。
「お前が俺に会って、俺の質問に答えなければ、こちらも答えない」
これは効いた。
不服そうではあったが勝は征治に会うことを了承した。盛岡駅近くのホテルを征治がとり、次の休みにそこで会うことになった。
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