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第53話

「・・・お前、なんて酷いことを・・・お前がそれほどまでに陽向の事が好きだったならそんな独りよがりの感情をぶつけるのじゃなく・・」 「わかってるよ!でもあの頃の俺にはできなかったんだ。あの後、陽向はしばらく寝込んだ。小太郎をかばって、俺がめちゃくちゃに振り回した金属バットが当たってあばらが何本かやられてたんだ。声も出なくなったらしいときいて、小屋に様子を見に行った。 一人で寝ていた陽向に俺はひたすら謝った。そうしたら、陽向は涙を流しながらそっと指で俺の顔の傷・・・陽向が必死で抵抗して引っ掻いたらしい・・・傷を優しく撫でてくれたんだ。俺は・・・許されたと思ったんだ。 それから兄貴は陽向と距離をとった。陽向は傷ついたみたいだったけど俺には都合がよかった。一人ぼっちのお前の横にずっと俺がいてやるって思ってた」 征治の胸がきゅっと痛む。勝は話を続けた。 「陽向は俺を責めなかった。俺の気持をわかってくれたのかと思って嬉しかった。でも同時になぜ陽向は俺の罪を被ってくれたのか不思議にも思ってた。それが分かったのは何年かして庭師の爺さんが死んだ時だ」 そこで、勝は征治の顔を見上げた。 「兄貴は陽向の首の傷を見たことがあるか?」 征治は首を振る。2度会った時はタートルネックで隠されていた。 「あの日はひどい嵐で、みな雨戸をきつく締めていた。爺さんは夜中に心臓の発作を起こした。気付いた陽向は119番はかけたけど声が出ないから受話器を放り出し、使用人の離れへ走ったんだ。 必死でドアを叩いたようだが嵐のせいで誰も気づかなかった。今度は母屋の玄関に回ってチャイムを鳴らし続けたけど、夜中と言うこともありすぐに人は出てこないし、どなたですかなんて聞いてくるけどあいつは返事すらできない。 結局、やっと救急車が家に着いた時にはもう爺さんは死んでいた。気が付けば陽向の首の周りはひっかき傷だらけで血まみれになっていた。出ない声を必死で出そうと足掻くうちに無意識にかきむしっていたらしい。 陽向は爺さんを助けられなかった自分を責めていた。なのに、兄貴は・・・あいつに『お前の周りでは色んなものがよく死ぬな』って言ったんだ! そのあと、陽向は少しおかしくなった。飯も食わないし、人の話も全然聞いてなくて・・・小太郎は俺が殺したんだし、お前の両親の死も爺さんが死んだのもお前のせいじゃないって言ってもまるで反応が無くて・・・ そのうち俺は気が付いた。陽向がショックを受けているのは”兄貴に言われた内容”じゃなくて、”兄貴に酷いことを言われた”せいなんだって。陽向が小太郎の事、申し開きしなかったのは”犯人が誰かという真実”が重要じゃなくて、”兄貴に信じてもらえなかった”ことが全てで、もうそれ以外はどうなってもよかったんだって。 俺は歯ぎしりするほど悔しかった。簡単に陽向を切り捨て、そのくせいらなくなったなら放っておけばいいのに、わざわざ陽向を傷つける兄貴が憎かったし、相手にされなくなってもずっと兄貴に支配されている陽向も歯がゆかった。」 「違う・・・そうじゃない・・・。俺はあの時お前に嫉妬したんだ。いや、こんなの言い訳だ。確かに俺は陽向を傷つけるようなことをわざと言った。・・・酷いよな」 「はっ?兄貴が俺に嫉妬?どういうことだよ!」 「お前が全部話してくれているんだから、俺もちゃんと話さなければいけないよな。 俺も陽向が好きだった。陽向も俺のことを好きでいてくれていると信じていた。いつも俺が寮に帰る日に『また来週、一緒に小太郎の散歩に行こう』と言い合った。俺にとってはただの散歩じゃなく、デートの約束をする感覚だった。 でもあの年の夏の終わりごろから陽向の様子がおかしくなって・・・一緒に散歩も行きたがらないし、勝と行く約束をしているなんて言うし、俺は陽向が心変わりしてしまったのかと思っていた。 あの日、お茶の稽古から帰ってきたら、小太郎はもう死んでいて・・・ お前が『陽向が殺した』と言うのを聞いた途端まず最初に浮かんだのは『そんなに俺と散歩に行くのが嫌だったのか、だからこんな事をしたのか』という逆上する気持ちで・・・事実も確かめずに・・・俺は愚かだった」 「俺が・・・兄貴と散歩に行くなって言ったから・・・」 「それから俺はあまり家に帰らなくなった。小太郎の事も思い出すし、心変わりした陽向を見るのも辛かったんだ。重さんが亡くなった時のことも・・・陽向は昔から懐いていたからショックを受けてるんじゃないかと心配して声を掛けに行こうとしたら、お前が現れて陽向の前に立ちはだかるし、陽向は俯いて俺の方を見ようとしないし、嫉妬でイライラしてあんな憎まれ口をきいた」 部屋に長い沈黙が落ちた。

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