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第54話
「勝。どうして陽向は卒業前にあんな書置き一つで突然姿を消したんだ?どうしてお前はあんなに必死で探していたんだ?法事をすっぽかしたのも陽向を探していたんだろう?」
目を瞠った勝は「千香子か」と呟いたあと、激しい苦悩の表情を浮かべた。
「兄貴。・・・陽向の両親は自殺したんじゃない。殺されたんだ」
いきなりの話題に征治は驚く。
「どういうことだ?」
「陽向の両親を殺したのは・・・俺たちの親父なんだ」
「なんだって!?」
聞き間違いだと思いたかった。
「そんな馬鹿な事あるわけないじゃないか!どういうことだ!」
「俺たちは聞いてしまったんだ・・・
俺は、仙台の大学にしか合格できなかった。陽向は高校を卒業したら、親父の会社で働くと言った。今まで育ててもらった恩があるから返さなきゃいけないというんだ。
俺は陽向と離れたくなかったから、一緒に仙台に来い、仙台で働けばいいじゃないかと毎日説得した。親父にも身の回りの世話に陽向を連れて行きたいと頼んだが、取り合ってもらえなかった。
卒業が迫っていて俺は焦ってたんだ。あの日も、小太郎の墓に花を供えに行く陽向について行って一緒に仙台へ行こうと説得したのに、陽向は首を縦に振ってくれなくて。焦れた俺は離れの裏で初めて言葉でお前が好きだから離れたくないと言って・・・その・・・無理やりキスしようと迫ったんだ。
その時、声が聞こえてきたんだ。平日の昼間なのに親父が書斎にいて、いつものように煙草を吸うために換気扇をまわしたらしく、ちょうど俺たちはその真下に立ってたんだ。
親父は『家にまで押しかけてくるとはどういうつもりだ!』と声を荒げてた。それに対して『先生が最近なかなか会ってくださらんからでしょう。今まで色々力添えしてさしあげたじゃないですか。今更うちを切ろうったって駄目ですよ。先生、今度国会に打って出るおつもりだそうじゃないですか』ってどすのきいた声が返事したんだ。
これはヤバいやつじゃないかと思って、俺と陽向は音を立てないように息を潜めてた。
そしたら、親父が『力添えだと?誰が風見を殺せと言った?勝手なことをしておいてしつこく口止め料をせしめて・・・お前らは寄生虫だ!』って。
相手は『先生も、あのうるさい男には困ってたでしょうが。使途不明金のことや、うちとの繋がりの事もしつこく突っついてきて。それに先生はあいつの嫁さんに横恋慕していたからあの男がいなくなればさらに都合がよかったでしょう?』って笑ってやがった。
俺は叫びそうになった。でもまだ続きがあったんだ。
『結局、風見の嫁も殺したくせに』
『だって、あの女、自分の夫は自殺じゃないって会社の連中に当時の事聞きまわっていたじゃないですか?先生があの女に足元救われるのを未然に防いであげたんですよ。先生が変な情でも起こしてまずいことを喋られちゃ、こっちも困りますからね。なにしろ先生はあの男の息子を引き取って育てちゃう位お優しい方みたいですからね』って」
「そんな・・・」
「そのあと、親父はそのヤクザに金を渡して、男は帰ったようだった。俺たちは親父も書斎から出て行った音を確認してその場を離れた。おれは陽向に言い聞かせた。今の話を聞いてたって気付かれたらまずい。俺たちは何もなかったようにそれぞれの部屋にもどる。そして、いつも通り振る舞うんだって。陽向は青い顔をしていたけど、頷いて小屋の方に戻っていった。
俺は自分の部屋に戻ってから、沸々と怒りがこみ上げてきた。元々、俺は親父の事が大嫌いだった。そんな親父に対して一つだけ認めていたことは、陽向を引き取ったことだったんだ。
なのに、陽向の両親は親父が殺したも同然じゃないか!よくも今までのうのうとって、怒りが爆発しそうだった。でも、きっともっと怒っているのは陽向の方だと思った。俺は心配になって小屋へ様子を見に行ったんだ。
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