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第56話

征治は今ほど山瀬の「人間は直接会って腹を割って話してみなければ、何もわからない」という持論を本当だと痛感したことは無かった。 俺は今まで何も見えていなかった。一番心が近かった相手に3度も裏切られたなどと、被害妄想もいいところだ。 陽向は何も裏切ってなどいなかった。小太郎を殺してもいなければ、心変わりして勝と寝ていたわけでもない。突然の失踪も追い詰められた故の行動だったのだ。 それに対して俺は陽向に何をした?恋人として護ってやることも支えてやることもせず、裏切り者と詰って突き放した。 俺は、陽向を壊しただけだった。 陽向、許してくれ・・・。 次々と大事なものを失い、信じてほしかった者には冷たく切り離され、挙句に自分の親が身近な者に殺されていたと知った陽向の絶望を思うと身を切られるような痛みを感じる。 それに勝のこの不器用だけれど狂おしいほどの陽向への想い。陽向の仇をとって自分から縁を切ると言って失踪した弟。何かと自分にぶつかってきていつからか面倒なやつだと距離を置いてしまっていたが、もっとちゃんと俺が・・・ 「・・・兄貴?なぜ泣いてるんだ?俺のやったこと・・・怒らないのか?」 「怒ってるよ。お前のやり方は無茶苦茶だ。お前のせいで、一体何人の従業員が突然職を失ったと思ってるんだ。家の使用人たちだってそうだ。 母さんだって、あんなに弱っていたのに追い打ちをかけて。松平の誇りを最後まで守ろうと必死だったのに、母さんがどんな失意のうちに、そしてどんなにお前のことを心配しながら死んでいったと思うんだ」 「・・・社員達の事と、母さんの事は、返す言葉がない。あの頃の俺は、同じ会社の利益を享受した社員も同罪だと思っていたが、皆何も知らず真面目に働いて家族を養っていたはずだと理解したのはもっと大人になってからで・・・きっと皆困っただろうな・・・」 「松平の資産は屋敷を市に寄贈して、他は殆ど処分した。その金で、彼らの退職金に充てたよ。十分とは言えなかったかもしれないが。・・・だが、俺はお前を責める資格はないよ。俺はお前の言う通り何も分かっていないバカ殿だった。兄貴失格だ。いやそれ以前の問題だ。もっと早くお前や陽向とちゃんと話をすればよかった。そうすれば、お前だって独断であんなやり方をする前に俺に相談したかもしれないのに。 それに陽向のことだって・・・陽向の声を奪ったのは、俺・・・だったんだな。 お前も一人で色々抱え込んで・・・高校出たばかりで突然失踪して、今までずいぶん苦労しただろう?」 声を震わせる征治に、勝は当惑しているようだった。

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