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第60話

征治さんは、僕にとって特別な人だった。 小さい頃からよく遊んでくれた征治さんは、とても大きなお屋敷に住んでいて、いつも爽やかな笑みを湛えていて、王子様のようだった。 そう思っていたのはきっと僕だけではないと思う。地元では松平家の血を引く跡取り御曹司のように扱われていたし、小学校で生徒会代表もやっていた征治さんはその頭の良さや、滲み出す品の良さから、子供達からも絶大な信頼と尊敬を集めていた。 そしてとても優しかった。 父が想像もしない場所と理由で死んだとき。僕はどうしても自殺だなんて思えなかった。たった3日後に一緒に球場へ行って初めてプロ野球の試合を見る約束をしていたのだ。父は僕に適当な嘘などついたりしたことは一度もなかった。 僕は必死で警察や周りの大人に訴えた。チケットだってちゃんと買ってあるんだ、父さんは自殺なんかしない!なのに僕の声は誰にも届かない。結局自殺ということにされてしまった。最後まで、僕の言うことを信じてくれたのは母と征治さんだけだった。 「僕は陽向の言うことを信じるよ。風見さんは陽向に嘘なんてついたりしない」 あんまりはっきり断言してくれるから、逆に僕が変なことを言ってしまった。 「でも、ブレーキをかけた跡がなかったって・・・」 「僕、運転中に発作を起こして事故を起こしたっていう話、何度もニュースや新聞で見たことがある。もしかしたら陽向のお父さんもそうだったかもしれないよ。崖から転落して遺体の損傷が激しかったから調べられなかっただけかもしれない」 そうか・・・父さんは急に具合が悪くなったのかもしれない。 「陽向が自殺じゃないって信じてあげないと、きっと風見さん悲しむよ」 その言葉は、その後の僕の大きな支えになった。 河原で捨てられていた子犬を見つけた時も、征治さんは救世主のように現れて小太郎を救ってくれた。そして、征治さんが僕を小太郎の散歩係にしてくれたんだ。 僕が征治さんの帰りを待っていると、まっすぐに僕のところに来てくれる。その日の小太郎の様子を話すと、ずっとニコニコしながら聞いてくれた。休みの日に一緒に行く散歩は楽しくて仕方なかった。僕は征治さんの事が大好きだった。 母が死んだ時も、今度はかなり断定的に自殺だとされたのに、征治さんだけは「陽向のことを一人残していくわけがない」と信じてくれた。 慶田盛の家に引き取られることになったとき、施設に行かずに済んだことより、心のよりどころだった征治さんと離れずに済むことに安心し、嬉しかったのだ。 そのころから僕の中心は征治さんで、年を追うごとに征治さんを想う気持ちは強くなった。 誰かに「あの子の両親は自殺したんだって」と言われて悲しい気持ちになっても、征治さんの顔を見たら忘れられた。 征治さんが「陽向」と呼んでくれると嬉しくて、『もし僕に尻尾が生えていたらコタと同じようにフリフリしてるのが見えちゃうな』なんて思ったりした。

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