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第61話

両親が死んでしまったのはとても悲しかったけれど、僕は慶田盛の家に引き取られてとってもラッキーだと思っていた。それに、あの家には優しい大人がたくさんいて、皆が親代わりになってくれた。 慶田盛の家で征治さんの次に僕に影響を与えたのは庭師の重蔵(シゲゾウ)さんだった。 僕と同じ離れに住んでいる使用人たちは、交代で休みを取るものの、一日中ずっと働いている。僕だけ放課後や休みの日はすることが無いのがなんだか申し訳なくって、重(シゲ)さんの手伝いをすることにした。水やりや草抜きなら僕にもできそうだと思ったからだ。 重さんはもの凄く無口な強面の老人だったけど、僕がちょろちょろとついて回っているうちに、植物の手入れの仕方を教えてくれるようになった。 重さんだけは他の使用人たちとは別に小屋に住んでいた。ご飯やお風呂は離れに来るのに何でだろうと思って聞いてみたけど、そのわけを話してくれたのは僕が中学生になってずっと仲良くなってからだった。 『わしは、前科者なんじゃ。傷害事件を起こして服役しとった。仮釈放になって保護司の先生が仕事を探してくれようとしたんじゃが、なかなか前科者を雇ってくれるところはなくてな。保護司の先生がこちらの先代の旦那様に相談したんじゃ。 旦那様は直接わしと話をしたいと仰ってな、わしは旦那様と話すうちに裁判の時でも言えんかったことを話しとった。誰も信じてくれんかったわしの言葉を信じてくださったうえに、旦那様はここで働けと言うて下さった。他の使用人が怖がるといかんから、わざわざわしの為にこの小屋まで建ててくださったんじゃ』 僕は驚いた。重さんはとても自分に厳しくて、それに他人を傷つけるような人には思えなかったからだ。でも、それで分かった気がした。重さんが「わしは休みなんか、することがないから、いらんのじゃ」と言いながらせっせと広い敷地の樹木の世話をし続けるわけが。きっと大旦那様の大事な庭を一生懸命守っているんだと思った。 それに、ちょっと厳しいところもある大旦那様が僕は大好きだったけれど、もっともっと好きになった。 征治さんは中3ぐらいから、どんどん背が高くなってカッコよくなっていった。 いつまでも「ちびすけ」と呼ばれてる僕とは違い、喉ぼとけも広い肩幅も大きな手ももう大人のように見えて、征治さんから目が離せなかった。とっくに声変わりした艶のある低い声で「陽向」って呼ばれる度にドキドキした。 会っていない時も征治さんの笑顔を思い出して、胸がぽかぽかしたりきゅーっと苦しくなったり忙しかった。 男の人だって分かっていたけど、雲の上の王子様だって分かっていたけど、どうしようもなかった。心が奪われるってこういう事なんだって思った。そして、奇跡が起きたんだ。 征治さんが僕の事を好きだと言ってくれた。そのうえ「陽向は俺の恋人だ」と言ってくれたんだ。まるで夢の中にいるみたいに幸せだった。 でも、僕は自分の恋に夢中で周りがよく見えなくなっていたんだ。もっと早くそれに気づいていれば、きっとコタはあんな死に方をせずに済んだのに。

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