65 / 276

第65話

目を覚ました時、僕はベッドの上に寝かされていて、部屋の感じと匂いから、きっとここは内藤医院なんだと思った。 カーテン越しにぼそぼそ人の話す声がする。 「この子は割と大人しい子じゃなかったかい?」 「ええ、そうなんです。暴れたことなんて一度もないです」 答える声は男衆の岡野さんの声だ。 「まあねえ、はっきりとしたことはわからんが、これぐらいの年齢の子はテストステロンという男性ホルモンが急激に増えて、体と精神のバランスが崩れやすかったり急に攻撃的になると言われているから、そんなのもあったかもしれないねえ」 その時カーテンが引かれて、看護師さんと内藤先生、岡野さんが覗き込んだ。 「目が覚めたかい?多分過呼吸を起こしただけだと思うから心配いらないよ」 そう言われ起き上がろうとして、激痛が走る。あまりの僕の悶えように先生が僕のシャツのボタンを外して、うむむと唸った。 「これは整形外科に連れて行った方がいいかもしれんよ。肋骨がやられてるかもしれない」 やっとの思いで体をおこし、今度は整形外科に連れて行かれることになって、内藤先生にお礼を言おうとしたとき、異変に気が付いた。 声が出ない。さっき呼吸の仕方を忘れたように、今度はどうやって声を出せばいいのか分からなくなっていた。 焦りまくる僕に周りが気が付いてどうした?という顔をする。一生懸命ゼスチュアで示すと、やっと看護師さんが「声が出ないの?」と気づいてくれた。 内藤先生が一応喉の周りなどを見てくれた。 「特に損傷はなさそうだけどねえ。強烈な精神的刺激で一時的に発声に問題が出るというのは聞いたことがあるけど・・・ちょっと様子をみたらどうかね?」 と言われ少し安心する。 整形外科で肋骨に骨折が見つかった僕は内臓損傷がないか検査もして入院することになった。 慶田盛家に戻った時には征治さんは寮に帰ってしまっていた。 退院したら、重さんに言われた。 「陽向、しばらく小屋で暮らせ。わしが面倒を見てやるけえ」 小太郎を殺した奴を離れの方では置いておけないという話にでもなったのだろうか? 男衆たちが僕の部屋から布団などを運んでくれ、お手伝いさんたちも「具合はどう?」と心配しながら食事を運んでくれる。重さんも作業の合間にちょくちょく様子を見に戻ってきた。 ようやく起きられるようになって、重さんにお花を分けてもらい裏庭の小太郎のお墓を見に行った。そこは、いつも暑い夏になると小太郎が木陰の土を掘り、ぺたんとお腹をつけて寝ころぶお気に入りの場所だった。まだそこだけ土の柔らかい場所に丸い30センチぐらいの石が置いてある。そして、その前にはしおれた花が供えてあった。 この下にコタがいるんだ。もう二度と呼んでも嬉しそうに駆け寄ってくることはないんだと思ったら、涙が出てきた。 コタ、コタ。僕はお父さんが死んでしまった寂しさや、お母さんが死んでしまった哀しさを随分お前に慰められてきたんだよ。 ごめんね、助けてあげられなくて。ごめんね、ごめんね。コタ、コタ、もうお前に会えないなんて・・・寂しすぎるよ・・・。 涙が後から後から溢れ出てくる。誰もいないからいいや、と思って泣き続けていたら人の気配がして慌てて振り向いた。 そこには奥様が手に花を持って立っていた。奥様はちょっと悲しそうな顔をして、お花をくるんでいたタオルを僕に差し出した。きっと、涙と鼻水で大変なことになっていたからだろう。奥様は僕の横に座ってお花を供えた。 「ねえ、陽向君。陽向君は小太郎のお世話をずっとしてくれていたし、とっても仲良しだったわよね。陽向君は本当は誰かをかばっているんじゃない?」 僕はハッとした。奥様は勝君のことに気が付いている?でも・・・ もしここで僕が、本当は勝君がやったんだって言ったら、勝君はどうなっちゃうだろう?勝君が悪口を言わない家族はお母さんだけだ。そのお母さんに、小太郎を殺したことを知られたら、もっと追い詰められちゃうんじゃないだろうか。 奥様だって、このところずっと体調がよくなくて、こんなに痩せてしまってる。勝君のことでこれ以上心配をかけたら可哀そうだ。 僕が犯人のままでいたって、もうこれ以上悪い事にはならない気がする。僕は征治さんにさえ分かってもらえたらそれでいい。 僕は首をよこに振った。 「本当に?」 奥様は静かに問いかける。 僕は頷いて、土に「ごめんなさい」と書いた。 奥様は何とも言えない表情で僕を見た。

ともだちにシェアしよう!