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<第7章> 第71話
取引先との電話を終え、メモを書き終えたとき、突然誰かにぐいと両肩を掴まれ、そのままぐりぐりとマッサージをされる。
「征治、そろそろ終わるか?今夜“福ちゃん”どうだ?」
頭の上から山瀬の声が降ってきた。征治は振り返りながら答える。
「あとスケジュール調整だけやらせてもらえますか?そんなに時間は掛かりません」
「りょーかい」
山瀬は答えると、まだフロアにちらほら残っている社員に「調子はどうだ?」と声を掛けて回り始めた。
福ちゃんの美味い飯でひと心地ついたとき、山瀬が口を開いた。
「征治、お前なんか問題抱えてる?仕事ではちょっと思い当たらんから、プライベートの方か?」
征治は苦笑いをする。
「やっぱり山瀬さんはすごいですね。なんでもお見通しですか」
「前にここでお前に話をしただろ。あの後お前はちょっと変わった。ウソ笑いも減って、俺の言いたいことが少しは伝わったのかなと嬉しかったんだ。でも、ちょっと思い詰めているというか考え込んでいるように見えることも増えた気がしてさ」
征治は箸を置き、姿勢を正した。
「山瀬さん、俺、過去に酷く人を傷つけていたことが分かったんです。それこそ、その人を壊してしまうほどに酷く」
山瀬が聞くぞという真剣な表情で見返してくる。
「以前、山瀬さんと会いに行った作家の秦野青嵐。やっぱり、俺の知り合いでした。それも慶田盛の家に引き取られて一時期同じ家に暮らしていた幼馴染だったんです。彼が、口をきけなくなったのは・・・病気ではなくて、心因性で・・・多分俺のせいです」
驚いた顔をしている山瀬に、吉沢という男が訪ねてきたこと、秦野青嵐が幼馴染の風見陽向だとわかったこと、そして現在の陽向の状況を話した。
「やはり知り合いだったか。で、彼のトラウマにお前が関係しているって?」
征治は続けて、あるきっかけで征治が酷い誤解をしていたことが分かったこと、それを確かめるために行方不明の弟を探し出し東北まで会いに行ったこと、父の犯した罪を確認するため父にも会いに行ったことを話した。
「詳しいことまでは話せません。でも、彼は明らかに慶田盛家のせいで不幸になった。彼が声を失うきっかけになった、彼の目の前で起こった事件自体も彼に大変な衝撃を与えたと思います。
でも、彼が声を失ったのは・・・こんな事いうのはおこがましい気もしますが、その時一番信頼していた俺が、大事なところで彼のことを信じてやらなかったから・・・それがショックだったんではないかと思うんです」
「本当に精神的にショックを受けただけで、そんなに何年も声が出なくなったりするのか?」
「それはよくわかりませんが・・・吉沢さんの話では、彼は言葉を話す必要などないと思ってしまっていたようで・・・。
俺はその事件の犯人は彼だと、つい最近まで誤解していました。実際には全くの濡れ衣だったにも関わらず、彼は何の言い訳も申し開きもしなかった。もうその時点で、彼は言葉で説明することに意味を感じなくなっていたんじゃないかって・・・これは俺の憶測なんですが」
うーむと山瀬は難しい顔をした。そりゃ、なかなか理解できないだろう。あの頃の陽向のおかれていた養子でも使用人でもない宙ぶらりんな立場や、陽向の両親の死因、そして征治との恋愛など重要なことは何も話していないのだから。
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