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第73話

山瀬をタクシーに乗せ、自分は地下鉄の駅に向かいながら、さっきの山瀬の質問は何だったんだろうと思い返す。 俺が今まで心奪われるほど惹かれたのは陽向ただ一人だ。相手が男の子だと分かっていても、ただただ愛しくて、どうしても惹かれる気持ちを止めることは出来なかった。 だからこそ、想いが通じ合ったときは踊り出さんばかりに歓喜したし、陽向の気持ちが自分から離れてしまったのだと思った時には、裏切られたという相手を責める気持ちも生まれ、辛く悲しかった。 小太郎が死んだあと、征治はあまり家に戻らなくなった。塞いだ様子の征治が週末も寮に残ると知った田川は、何かあったのかと心配して尋ねてきた。 「愛犬が死んでしまった、だからもう帰る必要もなくなったんだ」と説明すると、痛ましそうな顔をして「元気出せよ」と励ましてくれた。そして、征治の気を紛らわせてやろうと思っているのだろう、学校や寮内の面白い話などをいろいろ教えてくれたりする。 陽気なお調子者だと思っていたが、田川はなかなか気遣いのできる賢い奴だった。 それでも一人になると、やはり陽向のことを考えている自分に気付く。 なぜ陽向はあんなことをしたのだろう? なぜ、陽向は俺のことを避けるようになったんだろう? 俺が何か陽向に嫌われるようなことを言ったりしたのだろうか? 大事に大事に腕の中に抱えていたつもりの恋人がするりとすり抜けて遠くへ行ってしまった。 陽向、どうして? 答えの出ない問いがぐるぐると征治の周りを回り続けた。 週末も寮に居ると知った後輩たちの何人かが、征治に積極的に話しかけてくるようになった。 「あいつらだぜ?前に慶田盛のことかっこいいって言ってる年下が居るって言っただろ?」 田川が苦笑いする。 「部の後輩からの情報によると『誰が慶田盛先輩のハートを手に入れるか』でなんか盛り上がっているらしいぞ?」 なんだそりゃ、と思っているのが顔に出たのだろう。 「まあまあ、せっまい世界の中のごっこ遊びだよ、適当に付き合ってやれよ」 「でも、ややこしいことになるのは御免だなあ」 「ははは、修羅場とか?あ、そういやさ、昔寮にマジもんが居たって話したの覚えてるか? ぐいぐい迫ってモノにして喰っちまうっていう人の話。 実は、あの人オトコくさくて結構人気があってさ、流されて喰われたやつとか、かつて喰われたけど捨てられたやつ、自分からアタックしたけど好みじゃないって相手にされなかったやつで一時期険悪になってたんだよ。 で、先日参考書を買いに都心の大きな本屋に行ったときに、そのうちの一人にたまたま会ったんだ。でもさ、その人、今は彼女持ちで彼女の惚気話ばっかりするんだよ。 ちょっとうんざりしたから、『先輩、男が好きなんじゃなかったっけ?なんか男巡って揉めてましたよね』って言ってやったんだ」 「ほんとにそんなこと言ったのか?おまえ、凄いな」 「平気平気。先輩の方もあっけらかんとした感じで、『ほんとになんだったんだろうな、あれ。恋愛ごっこに酔ってたのかな。今思うと、男なんてあり得ない』ってな感じだったよ」 ”疑似恋愛” 急にこの言葉が頭上からドンと落ちてきた。 そうだ。以前も田川と話していて引っかかっていた言葉。 やっぱり男同士での恋愛なんて、そうそうあるわけはないのだ。もしかすると、陽向もそうだったのではないだろうか。 幼くして相次いで両親を亡くし一人ぼっちになった陽向。そんな自分を引き取った家の、お兄さんがやたらと自分を気にかけてくれる。そんな環境の中、陽向は征治の恋愛感情に無意識のまま反応してしまったのかもしれない。 同級生の女子に囲まれていた陽向を思い出した。もしかしたら、陽向は目が覚めてしまった? 征治の恋愛感情に引きずられ、同性同士で好きだなどと言い合っているおかしな状況に陥っている自分に気付いたのかもしれない。 でも陽向は俺に『おかしい、変だ』と面と向かって言えずに困って・・・?だから、あの日以降陽向は口がきけなくなってしまったのだろうか。

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