74 / 276

第74話

じゃあ、自分はどうなんだろう? 田川が風呂に行っている間に、ベッド下に封印していたエロ本を引っ張り出した。 陽向という恋人がいるのに浮気なんてできないと田川から貰った日に開いて以来、見ていなかった。 あの事件からしばらくはとても一人でもする気にはなれなかったが、若い体は毎日せっせと種を作り続けている。表紙を見ただけで、征治のものは軽くボクサーブリーフを押し上げ始めた。 思い切って本を開く。艶めかしいポーズの女の裸身に若い雄はすぐさまエレクトしてしまう。それを自分で握って確かめながら、ああやっぱり俺だってそうじゃないかと長い溜息が出た。 そうだよな、これが自然の摂理だよな?俺も、可哀そうな小さな男の子への同情が変な形に歪んでしまっていたのだろうか? ページをめくる手が突然止まった。フランクフルトをたぶん男のモノと見立てて口に含んで上目遣いに見上げている女の写真。 目が少し陽向に似ていると思った瞬間激しい興奮が沸き上がる。ダメだと思ったが右手が勝手に動き始めてしまう。見ちゃ駄目だ、目をつぶれと心では思っているのに、征治の瞼は脳からの電気信号を正確に受け取らない。迷いと哀しみ、わずかな仄暗い嗜虐心と肉体的快感の混沌の中、征治は精を吐き出した。 ああ、俺は一体どうなっているんだ。女が好きなのか?男が好きなのか?俺はどこかおかしいのか?混乱する頭と気持ちと体が一致せずベッドの上で頭を抱えて丸くなって呻いた。 自分のことすらわからないのに・・・俺は二つも年下の小さな幼馴染を恋人だなどと言って惑わせたのか?そして、小太郎を殺さなければならない程、口がきけなくなる程、陽向を追い詰めてしまったのか? 征治は激しい自己嫌悪の海へ、ずぶずぶと溺れていった。 それから何年も征治はそこから抜け出せずにいた。 よく陽向の夢を見た。思い出の中の無邪気に笑う陽向だったり、抱きしめようとすると困惑した顔でするりと身をかわして去ってしまう陽向だったり、血らだけのシャツで金属バットを持っている陽向だったり・・・その姿は様々だったが、目覚めの悪さはいつも同じだった。 たまに実家に帰っても、極力陽向には近づかないように気を付けた。だが、窓越しに陽向の姿を探してしまう自分も止められないのだ。 陽向と目が合うと、きゅううと胸が切なくなる。やはり、自分は今でも陽向が好きなのか。しかし、また陽向を変な方向へ引きずってしまってはいけない。気を付けなければ。 でも、陽向はなぜじっとこちらを見つめ返してくるのだろう?もう普通に女の子と恋愛していいんだよ。それとも、男のくせに自分にキスなどしてきた俺を許せないのだろうか?チクリと胸を刺す痛みに耐えかねて、窓際を離れる。そんなことを幾度となく繰り返した。 何年も抱き続けたそんな陽向に対する複雑な気持ちが変わる時がきた。 陽向が上半身をはだけ、勝に覆いかぶさられている姿を見たとき。 真っ先に征治の胸に浮かんだのは『なんだ、やっぱり男が対象だったんじゃないか。俺から勝に心変わりしただけだったんだ』という気持ちだった。自分がおかしな道へ迷わせてしまったかもしれないと己を責め続けていた征治は、今度こそ裏切られた気がした。 俺は単に振られただけだったんだ。心がすうっと冷えた。 そして、その直後に陽向が書置き一つで家を出て行ったと聞いた時には、陽向が自分のことなど本当になんとも思っていなかったのだと思い知り、打ちのめされた。 きっともう戻ってなど来ない。もう二度と会うこともないのだろう。もう、陽向のことで苦しむのはやめよう。もう陽向のことを思い出すのはやめよう。 さようなら、陽向。 征治は自分の心にロックをかけた。

ともだちにシェアしよう!