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第75話

ピコピコン、ピコピコン・・・ 電話の音で現実に引き戻された。画面を確認すると勝からだった。 「兄貴、陽向には会えたのか?」 「いや、まだだ。お前が気を揉むのも早く陽向に会いたいのも分かるが、陽向にだって考える時間が必要だろう?もう少し待ってくれ。 そうそう、お前に親父と会ったことを報告しようと思っていたんだ」 「どうせ、あいつのことだ。陽向の両親のことは認めなかったんだろ?」 「ああ。だが嘘を言っているようには見えなかった。取り調べの時の話も聞いたが、実行犯とみられる男は別件で投獄中に病死していたらしい。その後、親父を強請っていたやくざも何かの揉め事で死んだらしく、親父の殺人教唆以前に殺人そのものも立件することが難しかったようだな。 実は、今回俺は親父と大喧嘩してきたんだ」 「兄貴が喧嘩?信じられん」 「親父のやつ、まったく懲りていなくてな。 『今は知り合いに頼んでこんな運送屋で働いているが俺はこんなところで終わる男じゃない。そのうちまた会社を作るつもりだが、慶田盛という名前は目立ちすぎる。征治、お前の名義を貸せ。金も爺さんから相続した遺産からいくらか貸せ。会社が十分大きくなったらそこで俺の名前を出す。俺の失脚をあざ笑ったやつらを見返してやる』 なんて言ってきたからな。 相変わらず自分のことしか考えていないのかって、遺産だって親父の代わりに俺が使用人や従業員の退職金の工面をなんとかしたし、それより先に陽向に償う方法を考えるのが先だろうって。今までの不満を全部ぶちまけて、ごちゃごちゃ言い訳するのを全て論破してやった。 親父のやつハトが豆鉄砲を食ったような顔をしていたぞ。勿論、陽向に謝罪することも了承させた」 「くっくっくっ。あはははははっ。兄貴、やるな。ちょっとそれ見たかったよ。じゃあ、陽向のほうもよろしく頼む」 電話を切って、勝の笑い声を聞いたのはいったい何時ぶりだろうと思う。俺たちは少しは普通の兄弟に戻れているのだろうか。

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