76 / 276
第76話
征治はあすなろ出版の篠田に陽向への手紙を託す前に、吉沢と会った。
勝と父から話を聞いた後、吉沢に連絡を入れると、待ちかねていたようにすぐに会いたいと言ってきた。
吉沢が7年も陽向と友人関係を続けてきたからと言って、陽向が過去を語りたがらなかったのに自分が勝手に話すのは憚られた。しかも、自分との男同士の恋愛や、陽向の両親の死はとてもデリケートな話でもある。
「吉沢さん。あなたは陽向がせっかく治療に前向きになっていたのに突然引きこもってしまったことを心配されているんですよね?」
「ええ、まあそうです」
「ですから、また彼が前向きに進み始めることが出来るのなら、今回の彼の急変やそもそも口がきけなくなった原因が明らかにならなくても納得してもらえますか?
私は今回いろいろ過去を遡ってみて、陽向が口がきけなくなったわけに近づいたかもしれません。原因はたぶん私の家族にある。そして一番の影響を与えてしまったのは私である可能性が高い。
でも、その内容は私の口からは言えません。もし知りたいなら彼から直接聞いてくだい。彼がそれを自分でもう話せると思えば、きっとあなたに話すでしょう。
もう少し時間をください。私はこれから陽向と連絡を取って彼が過去と決別できるように働きかけてみます。いくつか誤解があったことで彼も私も苦しんだ。それを取り除けるように努力してみます。
勿論、彼を傷つけたり無理強いするつもりはありませんから安心してください。陽向は私にとっても幼いころから一緒に育った大切な存在なんです」
吉沢はしばらく考え込んでいた。
それから、まじまじと征治の顔を見る。
「わかりました。ここは松平さんにお任せします。もし、なにか大きく状況が変わったり困ったことがあったら連絡していただけますか?・・・私は・・・」
その先を言い淀む様子に、征治はもしやと思う。
そして吉沢は真正面から征治を捉え言った。
「私は、風見君には才能もあるし、あの純粋な彼には明るい未来があるべきだと信じています。そして私は彼の生涯の伴走者でありたいと思っています」
ああ、やっぱり。二人はそういう関係なのだ。少なくとも吉沢は陽向に惚れている。だからこそ、陽向を何とかしてやりたくてわざわざ俺を訪ねてきたりしたのだ。
そして、先ほどの征治の話から、征治と陽向の間に何かあったのかもしれないと感じ取り、牽制をかけたのだ。
「ええ。私もそう思います。そして、あなたが陽向の傍についていてくださってよかったと思っていますよ」
征治はそう言って、感情を包み隠す得意の王子スマイルを吉沢に向けた。
ともだちにシェアしよう!