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第78話
その次の週は、雨だった。
当然、公園には人影が少なく、時折駅から住宅地への近道として通り抜ける傘をさした人の姿が見えるだけだ。
3時過ぎに僕は我慢が出来なくなり、いつものようにマスクをつけるとパーカーのフードを深くかぶり傘を持って外へ出た。こんな日に公園の内側から近づくとすぐに見つかってしまう。幸い池は公園の端の方にあるので、外の道路側から東屋の中が見えるかも知れない。
公園沿いの道を歩きながら、こんなことしてどうなるんだって自分でも思う。
何のために今日もあの人が来ているか確かめるんだ?近づいて、もし気付かれたらどうする?なんの心の準備も出来ていないのに。
それでも、僕は足を止めることが出来なかった。
東屋の屋根が見え、近づいていくにつれ僕の動悸はまるでランニングをした後のようにトクトクと鳴り始めた。
居た。
東屋は三方を腰壁に囲われていて、あの人の姿は肩から上しか見えない。しかも、座っている位置のせいで、見えるのは横顔だけだ。
でも、あれは確かに、いつも僕が散歩のとき眩しく見上げていた、あの横顔だ。
一気に胸に色とりどりの感情が溢れ出す。
僕は本当にあの人の事が大好きだった。あの人の隣にいられるなら、他には何にもいらないくらいに。好きで好きで堪らなかったんだ。
冷たい視線を投げつけられても、何年も話しかけてもらえなくても、ずっと好きだったんだ・・・。
次第に胸が苦しくなってきて、パーカーの胸のあたりを握りしめる。
降りしきる雨の中、僕はゆっくりと踵を返した。
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『気分転換に一緒に写真展に行かないかい?有名な風景写真家だから、風見君もきっと楽しめると思うんだけど』
吉沢さんからのメールに、ふうと溜息をついた。
吉沢さんや篠田さんは、急に僕が引きこもるようになったのを、訳も分からず変に思っているだろうな。
自分でもなんでこんな事をしているのか分からないけど、とにかく誰にも会いたくないのだ。仕事だけは迷惑を掛けられないから契約のあるものだけはしているが、それ以外は安全な繭の中で丸くなっていたい、そんな気分だった。
特に吉沢さんは・・・申し訳ないが、今の僕には会ってやり取りする気力がない。
吉沢さんはとても大人でいい人だ。群馬の山の中で半分死んだような生き方をしていた僕を根気よく見守り、新しい道を指し示してくれた大恩人だ。
でも僕は気付いているのだ。彼が僕に友人以上の感情を持っていることを。そして、彼は僕がそれに応える日が来ることを辛抱強く待っている。
正直、少し前までの僕はこれから先の人生を彼と歩んで行ってもいいかと思っていた。もしかしたら僕にとっての吉沢さんは、重さんにとっての大旦那様のように運命を変えた人なのではないかと思ったのだ。
僕は吉沢さんを愛してはいないけど、愛する幸せとは別に愛される幸せもあるはずだ。
だが、あの人に再会してから、僕の心は酷く波打っている。別にあの人への恋心が再燃したとかそういう話じゃない。
でも、今の僕の千々に乱れた心はきっと賢い吉沢さんに見透かされる。それがとても怖い。勝君のいびつな愛情、激しい嫉妬を思い出すのだ。
勿論、吉沢さんはずっと大人で馬鹿げた行動をとったりはしないと分かっている。でも・・・もう少し僕の心が凪ぐまで待ってほしかった。
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