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第81話
「まず、秦野青嵐が陽向だって気づかなくてごめん。その・・・君があんまり変わっていたから・・・君は再会してすぐに俺だって気が付いていたんだろう?」
『君』なんて、なんだか他人みたいな言い方をされて少し征治さんを遠く感じる。まあ、とっくに他人なんだけれど。でも、月野珈琲店で会った時のような冷たいオーラは感じられない。
そうだよ、征治さん。僕は一目見てすぐに征治さんだって分かったよ。征治さんは、いつ僕が陽向だって気が付いたの?
今まで気づかなかったのは・・・もう征治さんがすっかり僕のことを忘れていたから?
「それから今更と思われるかもしれないけど、小太郎が死んだ時のこと、謝らせてほしい」
え?小太郎?
「俺はあの時、勝の言葉を鵜呑みにして、君のことを疑い詰ってしまった。俺の思い上がりかもしれないけど、あの時陽向のことを一番信じてやらなければいけなかったのは、俺だったはずなのに。傷付けて悪かった」
苦悩の表情を浮かべた彼は、そう言うと深く頭を下げた。そしてなかなか頭を上げようとしない。
僕のことを疑ってって・・・征治さんは真実を知ったってこと?
まるで予想していなかった話にたじろぐ。
征治さんは誤解していたことを謝りに、ひと月以上ここへ通ってきていたというのだろうか?僕なんかに頭を下げるために?
呆気にとられている僕に、やっと顔を上げた征治さんは続けた。
「実は、ごく最近になってある人から君が小太郎を殺していないんじゃないかと聞いて、8年前に失踪した勝を探し出して話を聞いたんだ」
僕の手は知らないうちにキーボードを叩いていた。
『勝君が失踪?』
ピコンというタブレットの音に征治さんが画面を見て頷く。
「陽向が居なくなってからひと月ぐらいして、あいつ自分から失踪したんだ。その訳も今回会って初めて知った。そして、勝の酷い行いの数々と、小太郎が死んだ時のことを聞いたんだ」
駄目だ、頭がついて行かない。
征治さんは僕がコタを殺していないのではと聞いて、わざわざ手間暇かけて過去を探ったというのだろうか?なぜ?何のために?
そして、勝君は今になって真実を話したっていうのか?どうして?
僕は呆然として、征治さんの顔を見つめてしまう。
「陽向?」
そう言って僕を気遣う素振りを見せる征治さんの目は澄んでいて、高校生の時そのままに邪心など見当たらず、裏があるようには思えない。
「俺は本当に何にもわかっていなかった。情けないよ。君はもう思い出したくもないかもしれないけど・・・仮にもあの時君の恋人だった俺は、誰よりも君を信じて守ってあげなければいけなかった。必死でかばったのに小太郎を勝に殺され、俺にまで誤解された当時の君の気持を思うといたたまれない。きっと勝や俺のことを恨んだだろう?」
征治さんは苦しそうな表情で言った。僕もあの日の記憶が蘇ってきて、苦しくなってくる。そして、『君の恋人だった』という台詞に切なくなった。
「そのせいで、君は声も失って・・・」
僕が声の出し方を忘れてしまったのは、征治さんのせいってわけじゃないから、そんな顔をしなくていいのに。
「そのうえ俺は、君の置かれていた状況も知らず、自分の勝手な解釈でその後も君のことを突き放した。ちゃんと君の話を聞こうともしなかった。重さんが亡くなったときも酷い言葉を投げつけて君を傷つけた。本当に申し訳なかった」
そう言って、また深く頭をさげる。
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