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第82話
「それから、陽向が失踪した日、その・・・勝が君に乱暴を働こうとしたんだろ?俺は・・・ふたりがそういう関係なのかと誤解してしまっていたけど、それも間違いだったって・・・勝は正直に話した。勿論許されることじゃないから、勝にはちゃんと謝らせる」
ああ、僕がとてもとても辛かったあれも、勝君は釈明してくれたんだ・・・。
「君と勝が耳にした君の両親の身に起こった事も聞いた。だから、父にも会いに行って確認してきたんだ。
俺と俺の家族は君を酷く傷つけた。今更と思われるかもしれないが、謝らせてほしい。謝罪を受け入れてくれとは言わない。ただ、謝らせてほしいんだ」
本当にこの人は僕に謝るためにここまでしているのか?鼻の奥がつんとして、また僕の指は勝手に動いていた。
『もう、僕は憎まれていませんか?』
画面を見た征治さんは大きく目を瞠り、がばっと大きな手の平で口を覆った。そして、きつく眉根を寄せて大きくかぶりを振った。
「陽向を憎んだことなんて、一度もないよ。ただ、俺は・・・」
そこまで言うとぎゅっと目をつぶって、黙り込んでしまった。そして、絞り出すように
「ごめん。ほんとうにすまなかった」
と言った。
「陽向、君こそ慶田盛の人間を憎んだり恨んだりしたんじゃないか?色々俺たちに言いたいことがあるだろう?なんでも思っていることをぶつけてくれていいよ。君の怒りも叱責もすべて甘んじて受けるつもりで来たんだ」
憎んだ?恨んだ?
・・・そうなのかな。コタが死んだときも、その後征治さんに遠ざけられた時も、僕はただひたすら悲しくて・・・寂しくて・・・
僕があの家を出たときに感じていたのも、深い悲しみと絶望だ。こんな思いをするのなら、母さんと一緒に海に沈められた方が良かったなんて考えたりもした。
征治さんは僕が言葉を打ち込むのを黙って待っている。
しばらく沈黙が続いた。
東屋の周りには全く人気がなく、ただ雨がさあさあと周りの木々や池の水面を叩く音に包まれて、ここだけ世界から切り離されているような感覚に陥る。
実際、僕はまるで夢の中にいるような気分で、ただぼんやりと分かっているのは、『僕は征治さんに憎まれていない』ということ。
重さんのせりふが蘇る。
『征治坊ちゃんは、いつかはきっと分かってくださるよ。陽向の事をちゃあんと分かってくださるよ』
ああ。もうこれで・・・十分なんじゃないかな。
確かに僕の今まで人生には辛いことが人より多かったかもしれない。慶田盛の家を出たあとだって、肉体的にも精神的にも悲惨な目にあった。
でも今思えば、征治さんに自分は憎まれ続けているということが、一番苦しくて、心が痛いと感じたかも。
それに、父さんや母さんのことは征治さんには直接関係ないことだ。
『もう済んだことです』
僕はそれだけ打ち込んだ。
なんだか心が少しだけ軽くなって、体の強張りも解けた気がした。
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