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第83話

そうしたら、やっと落ち着いて征治さんを観察することができた。 聡明そうな額にかかる黒髪、高い鼻梁、すっきりと締まった輪郭はやっぱり今でも王子様のようだ。ピンストライプのシャツと濃紺の細身のパンツに包まれた長い手足はその下の引き締まった筋肉をうかがわせる。 きっと今でも女性にもてるのだろうな。征治さんのことをイケメンだときゃあきゃあ騒いでいた中学の同級生たちのことを思い出す。 こんな人とチビザルみたいだった僕が一時(いっとき)でも恋人同士だったなんて、奇跡だったのかも。きっと傍目には滑稽だっただろうなあ。その図を客観的に想像して思わずマスクの中で苦笑してしまった。 タブレットの画面をじっと見ていた征治さんは、困ったような表情で僕を見た。 「だけど・・・」 何かあるだろうと言いたげに口を開いた征治さんに、僕は首を横に振った。 またしばらく沈黙が続いて雨の音に包まれる。 征治さんは僕の真意を読み取ろうとするかのように僕の顔をじっと見つめてくる。僕の視線も魔法にかかったみたいに征治さんの目から外すことが出来ない。 征治さん、本当に僕はここで征治さんに罵詈雑言をぶつけたりする気は微塵もないよ。ほんとにもういいんだ。 それとも、そうした方が征治さんは気が済むのかな。でも、とてもそんな気はおきない。 やがて、征治さんが静寂を破る。 「ねえ陽向。君に二つお願いがあるんだけど・・・」 僕の顔色を窺うように切り出した征治さんに答える。 『何でしょうか?』 「一つ目は、もし君が同意してくれるなら、俺と会ってくれたようにどうか父と勝に会って欲しいんだ」 会いたくない!と、とっさに思ってしまった。思わず首を横に振る。 「君には、きっと嫌な記憶を思い起こさせてしまうだろうが、会ってやってくれないか? 特に勝は・・・君が自殺したのではないかとずっと心配していたようなんだ。あいつは馬鹿な男で君を苦しめる身勝手な行いをした。だが君のことを想う気持ちも謝罪したいという気持ちも本物だと思うし、もう愚かなことはしないはずだ。君は父が逮捕されたのを知っている?」 『詳しくは知りません』 慶田盛の家を出てからの僕は日々生きていくだけで精一杯で、世の中で起こっていたことなんて何も知らなかった。 僕がその事実を知ったのは、執行猶予付きの有罪判決が出てからだったから、ずっと後のことだった。それでも十分驚愕したけれど。 「父の会社と裏社会のつながりをマスコミにリークしたのは勝だ。あいつは君の代わりに父に復讐したつもりだったらしい。結局、君の両親の死については証拠不十分で起訴されなかったけれどね」 僕は驚いて目を剥いた。勝君は僕のために自分の父親を破滅させたっていうのか!?自分だってタダでは済まないのに!?

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