84 / 276

第84話

「俺は勝から話を聞いて父を問いただしに行った。君に信じてもらえるか分からないが、父は君の両親の殺害を依頼したことは決して無い、父が駆け出しだったころからの知り合いだったヤクザにつけこまれて、利用されてしまったと言っている。 だが、自分が関わっていないにしろ、保身のために風見さん夫婦の死について口を閉ざしていたのは重罪にあたると、俺は思う。陽向の前で素知らぬ顔をしていたのも許せない。だから、父にも、そして勝にも君に謝罪させる」 え?征治さん、ちょっと待って。 「会う日時や場所は君の希望通りにするし、俺も立ち会う。ただ、申し訳ないんだが、父に会う日と勝に会う日を分けてもらえないだろうか?勝はまだ父を許していなくて、それこそ会ったら殴り殺してしまいそうな勢いなんだ」 一瞬、あと2回は征治さんに会うことが出来る、と思ってしまった自分に愕然とする。 違う、今日で終わりにするために僕はここへやってきたんじゃないか。 『ちょっと待ってください。急にそんなこと言われても理解できないし、困ります』 「もっともだと思う。だから、一度考えてみて欲しい。もし、今後君が父や勝に会ってもよいという気になったら、連絡をくれないかな。もちろん無理強いはしないよ」 そう言って、征治さんは名刺に個人用のメッセージアプリのIDとアドレスを書き加えたものを僕に差し出した。 こんなものを受け取ってしまったら・・・いけないんじゃないだろうか。 征治さんと繋がる方法を知ってしまったら、今日で踏ん切りをつけるという自分の中の決め事が崩れてしまいそうで怖い。 躊躇する僕に征治さんは、寂しげな顔をして手を引っ込め、こう言った。 「じゃあ、連絡があれば、会社の方か・・・篠田さん経由でお願いするよ」 『もう一つのお願いって何ですか?』 僕は気まずさをごまかすように聞いた。 「二つ目は、どうしても陽向に理解して許してもらいたいことなんだ」 征治さんの真剣な表情に気圧される。そういえば、彼は今まで詫びていたけど、許してくれとは一度も言わなかった。より深刻なことなのだろうか? 「吉沢さんのことなんだ」 僕は息が止まる。 別に後ろめたいことなんてないけど、どこかで触れられたくなかったという気持ちが働いている。でも、どうして征治さんが吉沢さんのことを知っているのだろう? 「吉沢さんは陽向が急に閉じこもってしまうようになって、本当に心配していたんだ。君が苦しんでいるなら助けたいと、急変の原因が俺ではないかとあたりをつけ、会いに来てくれた。そのおかげで、俺は秦野青嵐と風見陽向を一致させることが出来たんだ」 あまりのことに僕は息を飲む。 吉沢さんは、僕がひっそり暮らしていきたいと思っているのを一番よく知っているはずなのに。秦野青嵐の本名を明かしたっていうのか? 「どうか、彼を責めないであげてほしい。彼は君のことを大切に思うからこそ、苦しみの原因を取り除けるものならなんとかしてやりたいと考えたんだ。俺も・・・一連のことが終わって、陽向が過去に決着をつけられたら、早く忘れられるようにもう二度と姿を見せないようにするよ」 なぜかそこで胸がきゅっと痛んだ。 「吉沢さんに聞いたのではなく、たまたま俺が陽向のことを気づいたと誤魔化すことだってできたんだけど・・・今後、何かのはずみで君たちの間にわだかまりが出来てもいけないし・・・言えない事を胸に秘め続けることは、とても苦しい。陽向だって、きっとそうだっただろう?」 征治さんも何か秘め続けて苦しかったことがあるのだろうか。 『わかりました』 画面を見てほっとした顔をした征治さんは 「今日は来てくれて本当にありがとう。それから、父や俺たち兄弟が君を酷く傷つけたこと、本当に申し訳なかった」 そう言って、また深く頭を下げた。そして、ポケットから財布を出すとその中から1枚の名刺を取り出した。

ともだちにシェアしよう!