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第86話

気が付けば僕は噴水広場の前で立ち尽くしていた。 誰も見る人のいない噴水。水が今日も勢いよく吹き上げられ、放物線を描いて水面に向かって落ちていく。 征治さんはここで何時間もこの噴水を見ながら、何を思っていたのだろうか? そもそも僕が風見陽向だと分かって、この再会をあの人はどう感じたんだろう? 僕はくるりとUターンすると、東屋に向かって大股で歩き始めた。 まだ、いますように。帰っていませんように。知らず知らずのうちに胸の中でそう唱えながら、来た道を戻る。 そうして、征治さんが腰かけたまま膝の間で手を組み、じっと地面を見つめながら考え込んでいる姿を見つけてホッとした。 僕は東屋に飛び込み、傘をたたみもせずに放りだした。 驚いた顔をして僕を見上げている征治さんに、カバンから取り出すのももどかしく、タブレットを突きつける。 僕はベンチに座って一気にキーボードを叩いた。 『わからないことだらけです。 なんで勝君は失踪したんですか? なんで征治さんは、名字が松平になっているんですか? 旦那様の会社と全く関係のない業界で働いているのはなぜですか? 勝君と旦那様は今どうしているんですか? なんで、今更征治さんは僕に謝りに来たんですか? 吉沢さんは、どこまで知っているんですか? 説明してもらわないと、勝君や旦那様に会って謝罪なんて聞けません』 本当はもっと聞きたいことがたくさんあった。 僕を憎んでいなかったなら、どうしてずっと僕を遠ざけていたの? そのくせ、ガラス越しにじっと僕を見つめ続けたのはなぜなの? 僕たちの関係が壊れる前は、本当に僕のことを愛してくれていたの? でも、それらは今更答えを知ってもどうしようもないことなのだ。 しくり、と胸が痛む。 「そうだよね。もっともだと思う。陽向の知りたいこと、僕の知っている範囲でなんでも答えるよ」 僕は大きく息を吸って、文字を打ち込む。 『じゃあ、来週もここへ来て、説明してください』 ああ、自分で決めた期限を、結局自分で壊してしまった。だけど、仕方がないじゃないか。このままじゃ、結局僕は考え続けてしまうんだから。 征治さんは画面から顔を上げ頷くと、 「時間は今日と同じでいい?」 と、微笑んだ。 今日初めて見た征治さんの笑顔にドキッとしてしまった僕は・・・本当にどうかしていると思った。

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