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<第9章> 第87話
最初こそ、自分から翌週も会うなんて提案をしたことに罪悪感のようなものを感じていたけれど、次第に気持ちは落ち着きを取り戻し、前向きな思考になってきた。
僕はもうずっと、胸の中に石ころがいっぱい詰まっていて、それが重くて深呼吸ができないように感じて暮らしてきた。
でももう、征治さんは僕のことを誤解していないのだ。なぜ、僕が一緒に散歩に行けなくなったのかもわかってくれているし、勝君に小太郎を殺されて悲しかったことも、本当は征治さんの腕の中で泣きたかったことも分かってくれている。
そして、僕が見られて死ぬほどつらかった勝君との関係も、本当のことをわかってもらえた。
やっぱり僕にとって征治さんは特別な人で、あの人にだけは本当のことをわかってほしかったのだと今更ながら自分のことを理解する。
胸の中にあった重い石が一つ、二つと口から出てきたような感じだ。こんな日が来るなんて思っていなかった。僕は一生これらの石を抱えて生きていくんだと思っていた。
そう考えると、最初は酷いじゃないかと思っていた吉沢さんことも、感謝すべきだと思えてきた。
だから、ずっとサボっていた朝のランニングを再開しようとビルの1階に降りたとき、そこに吉沢さんがスーツ姿で立っているのを見ても、驚きはしたが素直に今まで悪かったなと思えたのだ。
「風見君・・・おはよう」
少し、気まずそうな吉沢さんの様子に、もしかしたら僕が征治さんと会ったことを聞いたのかなと思った。僕はぺこりとお辞儀を返し、スウェットのポケットから小さいメモ帳とペンを取り出した。
『先日、松平さんと会うことが出来ました。吉沢さんのお陰です。ありがとうございます』
吉沢さんは明らかにほっとした表情を見せた。
「少し調子を取り戻したようだね。もうずいぶん風見君の顔を見ていなかったら心配で、つい出勤前に寄ってしまったんだ。元気な顔が見られてよかったよ」
『ご心配をおかけして、すみませんでした』
「じゃあ、前にメールした写真展、一緒に行けるかな?今度の日曜日はどう?」
『すみません、今度の日曜はまた松平さんと会う約束があるんです』
僕はメモを読む吉沢さんの表情を注意深く観察する。ピクリと眉根が寄り頬に力が入ったところを見ると、また征治さんと会う予定があることは知らなかったようだし、少し気に入らないと感じているようだ。
『まだ、十分に話が聞けていない部分があるので、もう一度機会を貰いました。写真展はいつまでやっていますか?土曜の午後でも大丈夫ですよ』
今度は安心したようだ。
じゃあ、土曜の午後に、時間等の詳細はメールで、と決め、公園の入り口で別れる。吉沢さんは公園を突っ切って駅に向かい、僕は公園の外周を走るのだ。
走り出してもしばらくは吉沢さんの視線を背中に感じた。
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