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第90話
日曜日は爽やかに晴れた。
昼過ぎから時計ばかり気にしてしまうので、いっそパソコンを持って早く行って、征治さんが来るまで東屋で仕事をしようと思い立つ。
やはり2時よりずっと早くやってきた征治さんは
「やあ、陽向。早いね」
と笑顔を見せた。なんだか眩しいものを見たような感じがして思わず目を瞬いてしまう。
今日の征治さんは、明るいグレーの5分袖のVネックのカットソーに黒の細身のパンツという格好で、スマートな印象だ。やっぱりかっこいいな。
その日は、僕が慶田盛の家を出てからのことを殆ど何も知らないと言ったので、その後慶田盛家に起こったことと、征治さんが勝君に会った時のことを聞いた。
征治さんは丁寧に言葉を選びながら説明してくれる。時折、ちゃんと理解できているかとこちらの表情をうかがう様子が、昔、僕と勝君に読み聞かせをしてくれていたときのことを思いおこさせた。
そして、僕は征治さんの説明で、征治さんが松平姓を名乗っている理由と、征治さんが何もかもを失ったことを知って少なからずショックを受けた。
父親は逮捕され、母親は病死、弟は失踪。継ぐべき会社は倒産し、家屋敷も手放して・・・そんな状況で一人で事後処理に当たった征治さんは、当時弱冠二十歳だったはずだ。
それもこれも、勝君が僕のために復讐をしようとしたことが原因だと思うといたたまれない。
眉間にしわでも寄せていたのだろうか。征治さんが言った。
「陽向が気に病むことじゃないよ。親父の自業自得なんだ」
『でも、奥様がそんなに早く亡くなったのはもしかしたら心労のせいじゃ・・・』
「陽向、もう奥様とか旦那様なんて呼ばなくていいんだよ。母は元々病気だったし、最期まで毅然としていたよ。自分が死ぬまでにやらなくてはいけないことがあの人の中ではきっちりリストが出来上がっていて、ベッドの中から指示を出してすべてやり終えてから亡くなった。我が親ながらあっぱれだと思ったよ。まあ、勝の失踪だけは予想外だったろうけどね」
優しく聡明だったおばさんの笑顔を思い出して、切なくなる。僕が、何も言わず突然あの家を飛び出したことも、おばさんに心配を掛けたに違いない。
「それより、陽向は両親が自殺ではなく殺されたんだと分かって、告発したりしなかったのか?少なくとも親父が関わっていることと、親父と繋がりのあるやくざが犯人だと分かっていただろ?」
結論から言うと、しなかった。
最初はやはりショックで、父と母の無念を思うと怒りがこみ上げてきて警察署へ飛び込もうかとも思った。
でも、僕がもしおじさんを訴え出たら、病弱なおばさんや征治さん、勝君はどうなってしまうんだろう。それに罪悪感からかもしれないけれど、おじさんが僕を引き取って今まで育ててくれたのも事実なのだ。
そして過去の経験から僕は警察に激しい不信感を持っていた。僕が言おうとしていることは警察の二度の失態を暴くことでもある。きっと今度だって彼らには僕の言葉は届かないのではないか。
そんなことを考えているうちに、日々生きていくことも困窮して、生死をさまようような危険な目にもあった。自由も失い体もボロボロになってそれどころではなくなってしまったのだ。
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