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第91話

そんなことをつらつらとキーボードを叩いて伝えると、読み進める征治さんの顔はどんどん沈んだものになっていく。だから、征治さんに勝君との場面を見られて、あんまり辛くて生きる気力も萎えていたことまでは、書けなかった。 「そもそも、じいちゃんが風見さんに甘えて父を支えてやってくれなんて頼んだのがいけなかったんだろうな。うちに関わらなければ・・・陽向の両親も陽向もずっと幸せに暮らしていたんだろうに・・・償いきれないよ・・・」 そういって征治さんは両手で顔を覆った。 そうだったのかな。でも、父さんは松平のおじいさんを実の父のように、おばさんのことを姉のように慕っていたし感謝もしていた。 確かに両親が死んだときはものすごく悲しかったし、親がいない孤独に押しつぶされそうになる時もあったけれど、慶田盛家に引き取られてからはたくさんの親代わりの大人たちに囲まれ、そして征治さんがいて・・・全てが悪いことだったとは思わない。 それに、僕は征治さんに幼いながらも恋をした。その恋の記憶がなかったものになるのは嫌だった。 公園のスピーカーからドヴォルザークの「新世界より」のメロディーが流れ始めた。もう6時になったのかと驚く。それは征治さんも同じだったようで腕時計を見て、少し困ったように首を傾けた。 「あっという間に時間が経っちゃったね。俺もまだ色々陽向に聞きたいことがあったんだけど・・・」 このあと、予定があるのかな。そう思ったと同時に僕の指はまた勝手な動きをする。 『来週もここで会えますか?』 打ってしまってから自分でちょっと焦る。勝君やおじさん、それに屋敷にいた人たちが今どうやって暮らしているのか、征治さんの今の状況などほかにも聞きたいことがいっぱいあるんだもの、と自分に言い訳をする。 「そうしてもらえると、俺も嬉しいよ」 征治さんの答えに、よかったと喜ぶ自分には気づかないふりをする。 「ねえ陽向。俺が勝手にこの公園を指定しちゃったけど、陽向の家から遠かったりしない?俺はこのあと会社に行くつもりで今日は車で来ているんだ。よければ、家まで送っていくよ」 立ち上がりながら征治さんはそう言ったけど、僕は慌てて首を振る。公園のすぐそばのビルに住んでいて、しかも窓から噴水広場が見えることがばれるのは何となくきまりがわるかった。 二人で東屋を出て、征治さんは駐車場へ僕は噴水広場を通って自宅へ帰る。別れ際、「陽向、じゃあまた来週」と微笑んで帰っていった征治さんの後ろ姿をしばらく目で追った。 今日の征治さんも冷たい感じはしなかった。僕も先週のぎこちなさが嘘のように今日は自然に振舞えた。 これから会社って征治さん、本当は凄く忙しいのに無理していたのかな。来週の約束も本当は困っていないかな・・・でも、会いたいし・・・そんなことを思った自分にハッとする。 違う、これは過去に決着をつけるためなんだ。長い間お互いの胸の中にわだかまっていたものをすっきりさせるためなんだ。 お互いの・・・? 征治さんは僕にひたすら謝っていたけれど、征治さん自身は小太郎の事件のことや、その後の僕たちの距離をどう思っていたんだろう。来週、聞けそうだったら・・・聞いてみようかな。

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