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第96話
「一緒に生きていこうと思える人に出会えたんなら・・・
陽向、俺は今、農家の人たちと一緒に仕事をしてるんだ。はじめはびっくりすることだらけだった。
農業っていうのはさ、真面目にコツコツ米や野菜を育てても、突然の天災やちょっとの日射量や降雨量の変化であっという間にそれまでの努力が全部無駄になってしまうことがある。それでもその怒りをぶつける相手はないんだ。自然っていうのは全部ひっくるめてそういうもんなんだって農家の人はじっと耐える。
昔の俺はその理不尽さに耐えられなかったけど、今は逆に人の思い通りになるものなんて世の中に殆どないんだって分かった。もっと早く俺がそれをわかっていれば、陽向や兄貴をあんなに傷つけなくて済んだのにな。
えっと・・・だからさ、お前がお互いに必要だと思える人と出会えたんなら、それは奇跡みたいなもんだ。大切にしろよ。それで・・・今までの分を取り返すぐらい幸せになってくれ」
勝君の口からこんな言葉を聞くことになるなんて。流れた月日の長さを感じずにはいられなかった。
その後、勝君は今までの償いに自分がおじいさんから相続した資産を全部僕に贈りたいと申し出たが、僕は丁重に断った。でも勝君はなかなか納得しなかった。どうやら、征治さんが相続した資産はすべて現金化され、税金や事後処理に充てられたのに自分の資産が残っていることが申し訳ないと感じているようでもあった。
押し問答をしているとタイミングよく征治さんが戻ってきて、僕の声が出なくなったのは勝君にも大きな責任があるから、治療費だけは勝に出させてやってくれと折衷案を出し、その場はまとまった。
地元に寄って、おばさんとおじいさんの墓参りをしてから帰るという勝君と僕を、征治さんが車で駅まで送ってくれた。途中で征治さんが
「ここが俺の働いているユニコルノの入っているビルだ」
と高層ビルを指さして言った。
「兄貴、ユニコルノってどういう意味?」
「イタリア語で一角獣、つまりユニコーンのことだよ」
「あの馬に羽が生えているやつか」
「違う、それは天馬、ペガサスだろう?俺の名刺の社章見てみろよ」
自然な兄弟の会話に、僕はずっと幼い頃三人で仲良く遊んでいたのを思い出して、少し嬉しくなった。
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