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第97話

金曜に吉沢さんからメールが届いた。 『明日の午後、風見君の家にお邪魔していいかな?』 別に断る理由もないので家にいると返信する。あれから吉沢さんと何度かメールのやり取りをしているが、あの公園での話は出ないので、やはり見間違いだったのかもと思い始めていた。 でも、やってきた吉沢さんがうちの傘立てに立てかけた傘は、やっぱりあの傘だった。 僕は吉沢さんに治療内容に関わらないでくれと言ったことを詫びた。 『やっぱり、知っている人に自分の過去をさらけ出すのはちょっと躊躇われて。そこを気にしていたら上手くいかないんじゃないかって思い始めてしまったんです』 言い訳のように聞こえるかもしれないが、仕方がない。 「そういうこともあるかも知れないね。じゃあ僕は風見君の治療がうまくいくように祈っているよ」 優しい微笑みに、ああやっぱり吉沢さんは大人で良かったと安心した。 ふと吉沢さんが立ち上がり、本棚の方へ歩いていく。なんだろうと僕もついていった。 「前からここに飾ってあったけど、この犬が小太郎なんだね?」 そういって吉沢さんが写真立てに手を伸ばそうとした。 考える前に手が出ていた。 吉沢さんより先に写真立てを奪うように取って、自分の胸に当て手で隠す。 しまった!と気付いたが、もう遅かった。 僕たちの間に気まずい空気が流れる。 咄嗟にうまい言い訳も思い浮かばず、僕は俯くしかできない。 先に膠着した状況を破ったのは吉沢さんだった。 「ごめんね、それは風見君にとって、とても大切なものだったんだね。断りもせずに触れようとして、すまなかった」 僕はふるふると首を振り、そっと写真立てを元に戻す。 嫌な汗をかいていた。 きっと吉沢さんはたまたま征治さんから飼っていた犬が小太郎というのだと聞いて、何気なく小さなコタの写真を手に取って見ようとしただけだ。 でも、あの写真には・・・まだ何の穢れもない僕と征治さんの笑顔が写っていて・・・それに触れられるのは嫌だと思ってしまったのだ。 気まずさを解消するために僕はコーヒーを淹れにキッチンへ行った。ドリップが落ちるのを待つ間振り返ると、じっとコタの写真を見つめている吉沢さんの姿が見えた。 その夜、吉沢さんが帰った後、僕は写真立てを机の鍵付きの引き出しへしまった。

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