98 / 276
第98話
最後に征治さんのお父さんに会うことになった。旦那様なんて呼ばなくていいと繰り返し征治さんが言うので、最近では慶田盛さんと呼んでいる。
勝君との和解が思っていたよりすんなりいったので以前よりは怖くない。
でも、勝君とは話の質が違う。その点は征治さんも懸念していて、殺人やらヤクザやら物騒な単語が飛び交うわけだからもう少し場所を考えた方がいいのではということになった。
ホテルの一室を取るかという案も出たけど、一時期は慶田盛さんの顔がテレビ画面によく映し出されていたことも考えて、結局征治さんのマンションで対面することになった。
征治さんが教えてくれた待ち合わせの最寄りの駅が、なんと僕の最寄り駅の隣だったのには驚いた。こんなすぐ傍に暮らしていたなんて。でも、それで公園で偶然会ったのにも納得がいった。
僕の緊張が伝わったのか、征治さんは僕を先にマンションに連れてきてくれて、ミルクティーを出してくれ、ゆっくりしてと言った。中学生のころ、僕がまだコーヒーが苦手で飲めなかったのを覚えているのかもしれない。
征治さんのマンションは僕のおんぼろビルと違ってオートロックのついたまだ新しいもので、奇麗に掃除された1LDKだった。でも、本当ならあの2千坪を超える立派な屋敷がゆくゆくは征治さんのものになるはずだったのだと思うと複雑な気持ちになる。
しばらくすると、征治さんは僕を部屋に残して慶田盛さんを駅に迎えに行った。僕はちょこんとソファーに座ったまま、部屋を見回した。
どう見ても家族がいるような感じには見えず、今まで特に話題にはしなかったけれど、征治さんはきっとまだ独身なんだなと思う。恋人は・・・いるのだろうか。
征治さんは僕のことが心配なのかいろいろなことを聞いてくるのに、自分のことはあまり積極的に話そうとしてくれない。
本当はかつて僕を突き放したとき、どんな風に思っていたのか聞きたいと思ったのだけれど、そのあたりの質問に及ぶと暗い顔をして「俺が愚かだったんだ。ごめんね」と謝るばかりで、心の中までは見せてもらえていないという気がする。
やがて玄関でガチャと鍵が開く音がして、僕は緊張してごくりと唾を飲んだ。
征治さんに続いて入ってきた慶田盛さんを見て、あれ?と思う。
僕の記憶の中の慶田盛さんはもっとずっと大きくて恰幅が良くて、尊大な印象だったのだけれど・・・着ているものが昔はもっと高級そうなスーツだったから?ぎょろりとした目付きは鋭いけれど・・・こんなに小さな人だっけ?
印象が違うのは相手も同じだったようで、僕を頭の先から足の先まで見て「陽向か」と呟いた。
ともだちにシェアしよう!