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第99話
挨拶した後、征治さんに促され慶田盛さんはいきさつを話し始めた。
「風見君は優秀な男だった。正直言うと、風見君が私の会社に入ってきたときは、松平の爺さんの意図が透けて見えるようで気に食わなかったんだ。だが、会社も大きくなりつつあって、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しかったし、爺さんや嫁さんからの推薦も人事担当者の強い推しも、撥ね退けるだけの理由もなかった。
実際、社に入ってからの風見君の活躍は目覚ましく、みるみる頭角を現した。頭が切れるだけでなく肝も据わっていて、私は彼のことが気に入った。それに、風見君も幼いころに父親を亡くし母子家庭で育っていたから、同じ境遇だった私は少し通じるものを感じることもあったんだ。
ただ、私と風見君とでは決定的に違っていることがあった。
私は、表向きは幼少期に父親が病死したことになっているが、実際はある大物財界人の落とし胤だ。母親はその男の秘密の愛人だったが、正妻の知るところとなり、その親族から酷い侮辱を受けたうえ、私の妹がまだ腹の中にいるうちに捨てられた。
母の恨みは激しく、私は物心つかぬ頃から『大物になって力をつけて、いつか上流階級のあいつらの鼻をあかしておやり』と言われ続けて育った。私も私達親子がこんなに貧しいのも、私や妹が「父なし子」と言われるのも全部そいつらのせいだと思って大きくなった。いつか絶対に大きな力を手に入れてやる、そればかりを考えて生きてきた。
貧しくて大学も行くことが出来なかった私は、富を得るためにがむしゃらに働いた。私の様にハングリーな奴らを集めて会社も作った。
もっともっと力を手に入れてやる、そればかりを考え、そのためには手段を選ばなかった。勝つためには多少の荒事もやむを得ないと思っていたのだ。
他社に先んじるためにはスピードが必要だ。滞りがちな土地の買収を委託したのが『菱川』の連中だった。『菱川』も最初からヤクザだったわけじゃない。私が知り合った男は、悲惨な生い立ちで、この泥沼から這い上がるためにはなんだってやってやるというところが自分と重なった。
彼らの地上げはかなり強硬なことをしていたのだろうとは思う。だがそのおかげで私の事業がより波に乗ったのだ。最初はうまく共存できていた私たちは、じきに進む方向をたがえることになった。私は富の次に名声が欲しくなり、菱川の連中はヤクザに取り込まれ地下に潜った。
しかし、私が政治の世界に足を踏み入れると、菱川がすり寄ってきた。奴らの魂胆は見え透いていたが、私が勝つために、邪魔なものを排除するのに使うには便利な存在でもあったので、私は奴らと手を切らなかった。
だが、納得しなかったんだ、風見君は。
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