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第102話

一気に腹の奥からマグマの塊のように熱い何かがこみ上げてきた。 快活だった父と優しかった母の懐かしい顔が浮かんできて、泣きそうになるのをマスクの下で唇を噛んで必死に耐える。だが体は硬直し、握りしめた手はぶるぶると震えてしまう。 征治さんが横にやって来て、片手で僕の背中を優しく撫で、反対の手で震えの止まらない僕の拳を包んだ。そうしてもらって、やっと僕は忘れていた呼吸をすることができた。 「親父に接触していた菱川の男も、陽向の両親に直接手を下したであろう男も、もう既に死んでしまっている。一人は病気で獄中死、もう一人はヤクザ同士の抗争で。被疑者が死んでしまっている場合、警察は捜査して書類送検はできるけど、検察は不起訴にすることになっているんだ」 征治さんが落ち着いた声で説明してくれる。僕は頷いた。だけど、僕が知りたいのはそういう事じゃない。 まだこわばりの残る右手を開き、征治さんの手のひらに指で『どうやってころされたの』と書いた。 征治さんの顔に逡巡が浮かぶ。僕はもう一度『おしえて』と書いた。 征治さんはためらいがちに口を開いた。 「当事者が死んでしまっているから、本当のことはわからない。でも親父が担当の刑事に聞いた話では、奴らのよく使う手としては車のブレーキに細工をして事故に見せかけるそうだ。ただ・・・街中でブレーキが利かないだけじゃ、致命傷を与えられないし、細工の痕がバレるから・・・峠に呼び出すらしい」 そんな揉めているまずい相手に呼び出されて、父さんは一人でのこのこ出て行ったというのか? そんな僕の考えが二人とも読めてしまったのだろう。口を閉ざした征治さんに代わって、慶田盛さんが言った。 「直接脅しても怯まない相手には、奴らは家族を傷つけると仄めかすらしい。きっと風見君は奥さんや陽向を守りたかったのだろう」 さっきよりももっと大きくて熱い塊がぐわっとこみ上げてきた。 僕の様子を見て取った征治さんは、僕に他に聞きたいことや言いたいことはあるかと訊ねたが、もういっぱいいっぱいの僕はかろうじて首を横に振る。 再度、床に這いつくばって「本当にすまなかった」と謝った慶田盛さんを征治さんは一人で帰した。 玄関から僕の横に戻った征治さんは、僕の顔を見て痛ましそうな表情をする。 「マスクに血が滲んでる。陽向、外してもいい?」 硬直したまま何の反応を示さないのを肯定ととらえたのか、そっとマスクを外し唇を見やって眉根を寄せた。それから僕の目を見て、優しい声で言った。 「陽向、泣いていいんだよ」 その一言で、堪えていた色々なものが溢れ出した。 俯いた僕の目からぼたぼたと涙が膝や拳に落ちる。声の出ない嗚咽を漏らす僕の隣で、征治さんは黙って優しく背中を撫で続けてくれた。

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