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第106話
お寿司のせいだと思う。
お寿司ってシャリにも結構塩分が含まれているのに、醤油を付けて食べるから、あとで喉が渇くのだ。
夜中に目が覚めてキッチンにお水を貰いに行こうかな、でも眠いなと思っていたとき、かすかな物音がして部屋の扉がそっと開いたのに気が付いた。
え、と思ったが思わず寝たふりをしてしまった。吉沢さんが近づいてきて「風見君」と小声で呼びかける。
どうしよう。ここで起きたら、いきなりセックスに持ち込まれるのかな。まだ心の準備ができてなかった、などと迷って寝たふりを続けてしまう。
もう一度「風見君」と先ほどよりは少し大きな声で呼びかけられたけど、寝たふりを通すことにした。
僕の反応がないのをどうとったのかわからないけど、吉沢さんの手が僕の髪を優しく撫でる。その優しい手つきに、きっと無理強いなどされないと安心した。
「君は寝顔も天使のようだね」
吉沢さんは僕が恥ずかしくなるようなことを呟き、髪の次は耳や頬を撫でる。くすぐったいけど動いちゃ駄目だ。ふっと空気の動きを感じたと思ったら、額に柔らかいものが押し当てられた。チュッ、チュッ、チュッと3回それは繰り返され、やがて手も吉沢さんの気配も離れていった。
内心ほっとしながらも、いつまでも扉を開ける音がしないことを不思議に思う。
確かにまだ部屋の中に吉沢さんの気配を感じる。ずっと離れたところから僕を見ているのだろうか?
今、目を開けてばっちり目が合ってしまったら、なんか怖い。
でも、とうとう我慢の限界が来て、僕はそっと薄目を開けた。
僕は息を飲んだ。
やっぱり吉沢さんはまだ部屋にいた。
そして、食い入るように僕のスマホのアドレス帳を見ている。一通り見終わったのか、今度はメールアプリを開いて履歴を見ている。
真っ暗な部屋の中で、僕のスマホの画面だけがくっきりと四角い白い画面を映し出し、そしてその光が吉沢さんの固い表情の横顔を浮かびあがらせている様子は、まるでホラー映画かドラマの一シーンのように恐ろしかった。
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