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第107話
やがて吉沢さんが部屋から出ていき、僕はようやく長い息をついた。
心臓はドクドクと音をたて、変な汗をかいている。
吉沢さんがあんなことをするなんて。
スマホには一応画面ロックはかけていたけれど、僕は吉沢さんに対してなんの警戒心も持っていなかったから、気づかずに彼の目の前で解除していたこともあったかもしれない。
僕は非社交的でとても狭い社会の中で生きているから、他に友達もいないしアドレス帳に載っているのはほんとに一握りの人だけだ。メールだって、あすなろ出版の篠田さんか副業先の税理士事務所、あとは吉沢さんぐらいとしかやり取りをしていない。
そんなことは吉沢さんも知っているはずで・・・吉沢さんは何を知りたかったの?
否が応でも浮かんでくるのは、征治さんのことだ。
僕が公園の東屋で征治さんと会っていたときに見た、濃紺の傘。
あれはやっぱり吉沢さんだったのかもしれない。あの前の週の日曜日も征治さんと会っていたから、あの日もどこかから僕を見ていて後をつけた?
いや、考えすぎだ。あの日、僕は公園の中を通って池の方へいったんだから、公園の外周の道路で見たあの傘はやっぱり関係ないんじゃないか?
でも、僕でさえ雨の日に東屋へ征治さんが来ているか確認しに行ったときは用心して外周の道路で近づいたんだ。賢い吉沢さんならきっと・・・。
ぐるぐる考え始めたら目は完全に覚めてしまった。色々疑念が浮かんでくるが、一方で吉沢さんを信じたい僕もいる。でも、さっき彼が僕のスマホを無断で覗いていたのは紛れもない事実だ。考えなくては。
吉沢さんには、勝君や慶田盛さんに会ったこと、征治さんを含め全員と和解できたことを話してある。そして内容は伏せたけれど過去のトラブルに決着がついてすっきりしましたと報告した。それだけでは不安だったのだろうか?
僕が今でも征治さんと繋がっていてメールなどのやり取りをしていると思ったのだろうか?今思えば、お互いのフリーアドレスを消去しておいてよかった。僕のスマホに征治さんの痕跡が何もないとわかれば、吉沢さんも安心できたかもしれない。
僕は自分の作ったルールを思い出す。
『僕と征治さんとの仲を疑うようなそぶりが見えたら、より積極的に僕の方から親愛の情を見せて安心してもらう』
そうだ。実際にもう僕と征治さんの間にはもうなんの繋がりもない。これから先もずっと。それをわかってもらって、安心してもらうほかない。
そして、親愛の情・・・どうすればいい?
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