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第110話
翌週の金曜日の夕方、家に帰るとドアの前に吉沢さんが立っていた。
「今日は、音声外来の日だったよね?どんな様子だったか聞きたいなと思って。それに実家からたくさん水沢うどんを送ってきたから、一緒に食べようかと思ってね。天婦羅も近くの総菜屋で買ってきたよ」
会うのは家に泊めてもらって以来だ。
蒸し風呂のような暑さの部屋に入ってもらい、慌ててエアコンのスイッチを入れる。冷蔵庫を開けたが飲み物が何もないことに気が付いた。
『すいません、飲み物を切らしてて。ちょっとすぐそこのコンビニに買いに行ってきます。鍋に湯を沸かしてるので、見ててもらっていいですか?』
「悪いね。うどんの方は任せて」
と言う吉沢さんを置いて家を出る。
コンビニはビルの斜め向かいにあるし、吉沢さんもいるし、鍵はいいかとそのまま階段を2階分ほど降りたところで、取り寄せた本の代金の振り込み期限が近づいていたことを思い出した。
ついでに振り込んじゃおうと一段飛ばしで階段を上り振込用紙を取りに戻る。
ドアを開け、ガラスの内扉を開けようとして、僕の心臓は止まりそうになった。
吉沢さんが、僕の机のそばに立って、鍵付きの引き出しを開け、中を見ている!!
なぜ!?
どうやって!?
パニックになりながらも、今ここで踏み込んだ方がいいのか、それともそっと出て行った方がいいのか考える。
そして、僕は音をたてないようにそっと後じさる方を選んだ。対処する時間が稼ぎたかったのだ。
階段に戻って深呼吸をする。
あの引き出しの鍵は、キッチンの引き出しの中の小さなお菓子の空き缶の中に入れていた。うどんの準備をするときにでも引き出しをあけて、たまたま見つけたのだろうか?
あの机の引き出しに入っているものは、通帳と人から貰った名刺と原稿のデータが入ったUSBメモリと・・・コタの写真と子犬だったころのコタの首輪。それから、捨てることが出来なかった征治さんから届いた手紙。
吉沢さんの目的は・・・金目のものなんかじゃない気がする。
どうしよう、どうしよう。
たらたらと冷汗がでてくる。
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