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第111話
勝君のかつての歪んだ愛情を嫌でも思い出してしまう。
自分も可愛がっていた小太郎を殺してしまった勝君。
いや、あれは若さゆえ、未熟さゆえの行動だったんだ。大丈夫、吉沢さんは大人だ。ただ鍵を見つけて、ちょっと魔が差したんだ。自分が好意を寄せる人間のことをもっと知りたいと思うのはきっと自然な欲求なんだ。
半ば自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。ここで、何をしているんですかって問い詰めてもいい結果にならない気がする。
震える脚で階段を下りコンビニで飲み物を買う。店を出たところで思わず自分の部屋がある7階を見上げてしまった。
今からあの部屋へ戻って僕はどういう態度をとったら正解なのだ?
吉沢さんは引き出しの中を見て、どう思ったのだろう?
写真立ての中まではきっと見られていないよな?じゃあ、コタの写真と首輪はとても可愛がっていた犬のだから、で通るかもしれない。問題は征治さんの手紙だ。
だけど、あれだって特に色っぽいことが書いてあるわけでもないし、僕と征治さんが会ったってことは吉沢さんだって知っているわけだし。
よし、大丈夫だ。何も後ろめたいことなんてないんだ。そう自分を鼓舞して階段を上った。
部屋に戻ると当然のように引き出しは閉じられ、吉沢さんも何も言わない。僕も何も知らないふりをして、うどんと天婦羅を食べた。
音声外来での話を少しした後、僕は『今日は少し疲れました』と打ち込んだ。本当は少しどころではなかったけれど。吉沢さんは僕の言いたいことを察してくれたようで、ゆっくり休んでと言って帰っていった。
ドアに鍵を掛けたとたんに体から力が抜け、壁に寄りかかった。
ふらふらと机に近づき、椅子に座る。引き出しにはちゃんと鍵がかかっている。
いつも通りキッチンの引き出しの中の空き缶から持ってきた鍵で、机の引き出しを開けて中を確認する。
何もなくなっているものはない。写真立てを手に取り、裏の補助版を外そうとしてはっとした。
素知らぬ顔をして僕のスマホや引き出しを漁るのだ。他にもしていないとは限らないではないか。
例えば、隠しカメラとか?盗聴器とか?
そういえば、ここのところ吉沢さんは頻繁にこの部屋を訪れていたじゃないか。
すうっと背筋が冷える。
僕は封のできる封筒を取り出し、写真立てと首輪、征治さんの手紙を入れて閉じた。
今の僕にとって一番大切なもの。これを吉沢さんに触れられたくない。
これをどこにしまえば安全?金庫なんて持ってない。どこに隠したらいい?
でも家中にカメラが仕込まれているような気がして、今だってどこからか見られているような気がして、僕は封筒とカバンを持って家を飛び出した。
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