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第112話
気が付けば僕は征治さんのマンションの前に立っていた。
征治さんの部屋番号は確か505だったはずだ。エントランスでオートロックのボタンを押してみたけれど、応答はない。まだ、帰っていない?時刻は10時。
なんだか怖くて自分の部屋に帰る気がしない。今夜は24時間営業のファミレスにでもいようかと駅に向かって戻り始めたら、前方からスーツの男性がこちらに向かって小走りで向かってくる。もしかして吉沢さん!?全身が硬直した。
「やっぱり、陽向か!?」
街灯の明るいところへ飛び出してきた男性は、征治さんだった。その顔を見た途端、思わず征治さんの腕に縋り付いてしまった。
「どうした、何かあったのか?」
征治さんは驚いたように僕の顔を覗き込む。
その表情を見て僕は後悔をした。
ああ、僕はなぜここに来てしまったんだろう。征治さんに心配を掛けてしまうじゃないか。
だけど、他に頼れる人がいなかったんだ。
征治さんの腕を掴んだままの僕の手が、固く強張り小刻みに震えているのを見た征治さんは、そうっと自分の手を重ねて僕の手を外し、
「取り敢えず部屋へおいで」
と優しい声で言った。
冷たいお茶を出してくれた征治さんは、ソファーの隣に座って「落ち着いた?」と聞いた。
僕は頷きながらも、もう会わない約束をしていたのに僕がここへ来てしまった理由を説明しなければいけないことに、頭を悩ませる。何をどこまで話したらいいのか。
慌てて飛び出したせいで、タブレットを忘れてきてしまったので、僕のノートパソコンの画面を横から一緒に見てもらった。
『僕、もしかしたらストーカーに付き纏われているかもしれません』
征治さんが、ばっと僕の方を見る。
『勝手に僕のスマホや家の引き出しの中を見られたような形跡があって。もしかしたら部屋にカメラや盗聴器を仕掛けられてるかもしれないと思い始めたら怖くなってしまって』
征治さんが大仰に眉をしかめる。
「陽向、そのストーカーに心当たりはあるの?女?男?」
『確信はないんですけど』
征治さんは顎に手をやり、考える仕草をした。
「以前公園で俺に誰かにここで会うことを話したかって聞いただろ?もしかしてあの時もストーカーを見かけたの?」
僕は迷いながら頷く。正直に全部話せないのが辛いけど、嘘は言っていないよね?
「陽向が直接危害を加えられたことは?」
僕が首を横に振ると、征治さんはあからさまにほっとした様子を見せた。
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