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第114話

『業者さんに話だけ通しておいてもらえますか? ESセキュリティーのメールアドレスを教えてください。 後は自分でメールでやりとりします。 夜分にお騒がせしました』 ESセキュリティーには僕の住所を征治さんにフィードバックしないように念を押さなきゃ。 帰り支度を始めた僕を見て征治さんは聞いた。 「陽向、今からどうするの?車で送ろうか?」 『24時間営業のファミレスででも夜を明かします』 眉をしかめてしばらく考え込んだ征治さんは、ためらったのち、こう言った。 「今夜はうちに泊まっていく?ファミレスじゃ眠れないし疲れるだろう?ましてやストーカーもいるんだし。それに、困ったときはいつでも力になるって言ったのは他でもない俺だからね」 そして、座っているソファーの背もたれをボンボン叩く。 「それに、このソファー、確かベットに変形するはずなんだ。一度も使ったことないけど」 正直、今夜征治さんが傍にいてくれるのはとても心強かった。でも、このことを吉沢さんが知ったらどうなるのか。 だけど、僕が今夜ここに駆け込んだ時点でもう同じことなのだと気が付いた。 結局泊めてもらうことにしたら、征治さんが少しそわそわし始めた。 「えっと、人を泊めるときって何が必要だっけ?」 僕は意外な気がした。征治さんっていつも人に囲まれているようなイメージだったから、友達や恋人が泊まりにきたりすることも多かったんじゃないかと勝手に思ったからだ。 そう聞いてみると、一度も人を泊めたことがないという答えが返ってきた。 僕が最近吉沢さんの家へ泊まりに行ったときのことを思い出して、 『替えの下着と歯ブラシをコンビニに買いに行きたいです』 と伝えた。そのころには征治さんは落ち着きを取り戻していた。 「わかった、買ってきてあげるよ。パジャマは俺のTシャツとハーフパンツでなんとかなるかな。枕はクッションにバスタオルを巻けばいいよね」 征治さんにパンツを買いに行かせるのはなんだか恥ずかしくて自分で行くと主張するが、征治さんも譲らないので二人で一緒に行くことにした。 玄関に向かおうとすると、「ちょっと待って」と収納スペースを開けてごそごそ何かを探している。 「この前、整理をしていて見つけたんだけど・・・」 なんだろう? 「あった」という声とともに征治さんがこちらに差し出したものは、マスクだった。その時初めて僕は自分がマスクをしていないことに気が付いた。 「よっぽど焦っていたんだね。そんな陽向をやっぱり一人で放り出せないよ」 ちょっと心配そうな顔をして微笑む征治さんに、甘えてごめんなさいと心の中で謝る。

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