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第115話
コンビニへの往復や店内でも、征治さんが周りに視線を走らせているのを見て、少し申し訳なくなる。
僕が歯ブラシをカゴに入れたとき、征治さんが聞いた。
「陽向、晩飯は食べたの?」
僕が頷くと、「じゃあ俺はこれでいいや」とコンビニ弁当を手に取った。
征治さんにコンビニ弁当なんて似合わない気がする。僕が突然押しかけてきたせいで、ちゃんとしたご飯を食べそこなったのなら申し訳ないなと思ったら、僕の考えを読んだように
「結構、これ美味しいんだよ?」
と悪戯っぽく笑って見せた。
征治さんの部屋に戻ると、自然とふたりとも気が緩んで溜息がでた。そして、僕は自分の手でマスクを外したことにまた気付かずにいた。
征治さんがお弁当を食べている間に僕はシャワーを借りることにした。
洗面台の鏡に映った自分を見て、マスクをしていないことにやっと気が付く。まあ、もうさっき見られちゃってるし・・・厳密に言うと最初のユニコルノの打ち合わせの時だってそうだったんだ。
征治さん、気が付いていても何も言わなかったな。でも、もう僕はあのガードがなくても征治さんと接することができると思った。
借りたポロシャツとスウェット素材のハーフパンツを着てリビングに戻ると、征治さんがソファーと格闘していた。
「確か、どこかにレバーがあって・・・どこかを押さえながらそのレバーを引くとベッドになるはずだったんだけど・・・日本製品と違って面倒だよね」
頭を掻いている姿に、なんだかいつも大人に感じている征治さんが可愛く見える。
二人してようやくロックを外すボタンとレバーを見つけ、無事ソファーが平らになった時はお互いに顔を見合わせ笑ってしまった。
「このベッドパッドを敷けばいいよね。ふふっ、陽向、身長は僕と2,3センチしか変わらなさそうだけど、貸した服がぶかぶかな感じだね。ちゃんとご飯は食べてる?」
一応食べないと健康でいられないと思うから必要なだけ食べているつもりなので頷いて、ソファーに腰をおろした征治さんの横に座る。
征治さんは僕の方を見て、しばらく何か言いたげに唇を動かした後で思い切ったように言葉にした。
「俺にあまり言われたくないかもしれないけど、首の傷、ちっとも気にならないよ?本当にうっすら残っているだけで、あまり人は気づかないんじゃない?」
僕の反応を窺うようにじっと見つめてくる。
征治さんは重さんが亡くなった時の傷のことを言っているのかな。確かにあの時の傷も残っているけど、本当の理由はそれじゃない。
慶田盛家を出たあと色々酷いことがあって、そのせいで僕は首をストールなどで隠し、マスクと長い髪で顔を覆わないと安心して人前に出られなくなった。
あの忌まわしい場所から遠く離れた東京で、人の数だけは多くて希薄な人間関係の中で暮らしていれば、必要ないはずなんだけど・・・一種のトラウマなんだろう。
僕はパソコンに手を伸ばす。
『ストールとマスクが外せなくなったわけは、いつか話せる時がきたら説明します。でも、不思議と今は、どちらもないことが気になりません』
征治さんは温かい目をしながら頷いた。
「発声の治療はもう始めたの?」
『心療内科と音声外来に通い始めました。まだ何も手ごたえは感じないですけど』
征治さんがあんまり嬉しそうな顔をするので戸惑ってしまう。
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