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<第11章> 第117話
普段は足を踏み入れることなんてないホテルのロビーのソファーに座り、僕は吉沢さんを待っていた。
夏なのに首にストールを巻きマスクを掛け、伊達メガネをかけているおよそこの場に似つかわしくない格好の僕は、不審者だと思われつまみ出されないかちょっぴり心配だ。
でもこれからのことを考えると、そんなことはどうでもよくなる。
先日、吉沢さんからメールが届いた。今日の僕の誕生日にご馳走をしたい、ホテルのレストランを予約したという内容だった。
今までの誕生日にもちょっとしたプレゼントを貰っていたけれど、こんな風に外で、しかもホテルのレストランだなんて、何か意味があるに違いがなかった。
吉沢さんは僕が外でマスクを外せないことを知っている。外で食事をするということはそれを外すということだ。正直言うと僕にとって食事はただの栄養補給でしかないので、ファミレスでもどこでも同じなんだけれど。
ESセキュリティーに部屋を調べてもらったけど、結局隠しカメラも盗聴器も見つからなかった。一応、玄関のドアに補助キーだけつけてもらった。既に家の鍵の複製が作られていた場合、またこうやってセキュリティー会社を呼ばなくてはならなくなる可能性があるからだ。おんぼろビルの管理会社は出ていくときに外してくれるならと寛大だった。
担当の人は征治さんから公園でのことを聞いていたらしく、尾行されたか、もしかするとスマホのGPS情報を拾われてるかもしれませんね、と言った。
SNSなんてやってないと説明したが、スパイウェアで相手に気付かれずに位置情報を別の端末から見られるようにすることが出来るらしい。調べましょうかと言われたが、もうその時は吉沢さんと直接対峙する気になっていたから、断った。
今日、吉沢さんはきっと僕に何か重要な話がある。
僕もそうだ。
今日は僕たち二人にとって分岐点になる日に違いなかった。
吉沢さんは、ガラス張りの夜景が良く見えるテーブルを予約していた。外に向かって斜め45度で座るので、一応他人からあまり顔が見られないようになっている。
食事をしながらキーボードを叩くのは無理があるので、食事の間は吉沢さんが一方的に話して、僕が相槌を身振りでするだけだ。最後のコーヒーが出たところで、僕はパソコンとタブレットを取り出した。
それを見て、吉沢さんは話を切り出した。
「風見君。今日は大事な話があるんだ」
僕は頷く。
『僕も、大事な話があるんです』
吉沢さんは意外そうな顔をした後、少し顔を顰めた。今、吉沢さんが何を考えたか大体想像がつく。
「そう。なら、尚のこといいかな。僕の話は少々デリケートなものだから、二人だけで話したいんだ。この上に部屋を取ってるんだけど、そこで話を聞いてもらってもいいかな」
予想通りの展開だが、僕はそれでいいと頷いた。
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