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第120話

でも、僕にも大切な話があるのだ。 空いている方の手でパソコンを指さし、言いたいことがあると示す。 『壊れかけのロボットみたいだった僕に、もう一度血を通わせてくれたのは吉沢さんだと思っています。問題だらけの僕をずっと見放さず、進むべき道まで拓いてくれた恩人だと感謝しています。 だから、こんな欠陥だらけの僕でも、同じ熱量のものを返せるかどうかわからないけれど、それでも望まれるのなら、これから一緒に歩んでいけると思っていました』 文字を追いながら嬉しそうな表情を浮かべ始めた吉沢さんは、最後が過去形になっているのを見て顔を強張らせた。 「君は、やっぱり・・・あの松平さんが・・・」 全てを口にされる前に、文字を打つ。 『一緒にやっていくには、信頼関係が必要でしょう?』 「君は僕の愛を疑っているの?」 僕は首を振る。 『スマホや引き出しの中を勝手に見られたのは、とてもショックでした』 吉沢さんは、大きく目を見開いて画面を見たまま硬直した。 「か、風見君・・・僕は・・・」 掠れた声で呻いた後、唇が震えはじめた。 『僕は、なぜ吉沢さんがそんなことをしたのか、理由が知りたいです。僕が気付いたのは、泊まりに行った夜と水沢うどんをいただいた日だけですけど、もっとずっと前から僕はそういうことをされていたんでしょうか?』 吉沢さんは大きくかぶりを振って否定する。 「・・・怖かったんだ・・・怖かったんだよ。 僕は君のことを全て分かっているつもりだった。僕にだけは心を開いてくれていると思っていた。 でも、ある日君は突然引きこもってしまって僕からのメールに返信もしてくれなくなった。まるで出会った頃の君に戻ってしまったようで、今まで時間をかけて二人で積み上げてきたものが無になってしまうんじゃないかって・・・」 吉沢さんの顔が苦悩に歪む。 「僕はなんとか君を元に戻したくて必死だった。僕の前に戻ってきてほしかった。 だけど一方で、それ程のことが君に起こったんだと思った。篠田君の話を聞いて、松平という人物がきっと過去に君に酷い目を合わせた奴に違いないと思った。 なぜ彼を呼び出したのかというと・・・君が決して触れさせてくれない過去のことを知りたかったのと、彼の酷い仕打ちを暴いて君の代わりに一矢報いてやりたい気持ちが半々だったかもしれない。 でも、現れた美丈夫を見て、僕は予想していたのとは全然違う嫌な予感がしたんだ。そして彼が君の問題を解決するために走り回る姿を見て不安は増した。 彼は意図して人を傷付けたりする人間ではない。そして彼も君も、過去に大きな行き違いがあったが誤解が解けたと言った。でもそれ以上は何も話してくれない。 そして、君は以前とは少し変わった。僕は、不安で仕方がなかった。ある時点から止まったままになっていた風見君の(とき)が進み始めてしまったのではないかと・・・とても怖かったんだ・・・」 そこまで言うと、吉沢さんはふらふらと立ち上がり、僕の前へやって来て足元のカーペットに両膝をついた。

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