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<第12章>   第122話

一見、かつての平穏な生活、つまりは、毎朝公園の外周をランニングし、週に何日か税理士事務所でアルバイトをし、月に何日か家やあすなろ出版で篠田さんと打ち合わせをする以外は家に籠ってチマチマと書き物をするという単調な生活が戻ってきた。 変わったことは、毎週土曜か日曜に吉沢さんとどちらかの家で会うようになったこと。 そして僕の心の中にいつも何か欠けているものがあるような、どこかに忘れ物をしているような落ち着かない引っかかりがあること。 あれから吉沢さんはずっと上機嫌で、はしゃいでいるようにさえ見える。そしてとても優しくしてくれる。 部屋で二人きりになると、甘い声で僕の名を呼び、すぐにハグしてきたり、頬を撫でたり、時にはキスしてきたりして、僕は愛されているんだなと思う。 一方で、僕との温度差を感じてしまって申し訳ない気持ちにもなる。 遠い昔、征治さんにしてもらったキスで天にも昇る気持ちになったり、抱きしめられて、その腕の中で高揚する気持ちと安らぐ気持ちが絶妙に混じりあって、ずっとここから出たくないと思わせるあの感覚は得られない。 でもそれは仕方がない。吉沢さんは征治さんじゃない。 僕はこんな思い出があるだけでも幸せ者だと思う。 近所のスーパーへ買い物に出た帰り、本屋の前を通り過ぎようとして、視界の隅に何かを捉えた。 なんだろう? 足を止めて、本屋を見回す。そして、見つけた。 表の通りに面して雑誌の棚が置かれていて、その中のメジャーな経済雑誌の表紙に知った名前があったのだ。 『今月のビジネスパーソン:「ユニコルノ」社長 山瀬亮介氏』 誘惑に負けて、両腕にスーパーの荷物をいっぱいぶら下げたまま、パラパラとその雑誌をめくってみる。山瀬さんの特集は8ページぐらいありそうだった。ところどころに写真が入っているが、これはユニコルノの社内なんだろうか。 見たい、と思ってしまった。 でもこんなのを読んでいるのを吉沢さんに知られたら、またややこしいことになるだろうか?吉沢さんが家に来るまでに処分すればいいのか?電子版もあるかな? そんな風に迷っているうちに、買い込みすぎた荷物が腕に食い込んで辛くなってきて、結局買ってしまった。 家に着いて、早々にページをめくる。 勿論、記事もちゃんと読みたいけど、僕の目は写真ばかりを辿っていく。やはり何枚か、社内で撮られたものがあるようで、今どきのIT企業らしい洒落た明るくオープンな感じのオフィスが写っている。 山瀬さんの特集だから本人が写っているのは当然として、創設期メンバーやなんかの写真も出ているので、もしかしたらと思ったけど、征治さんの写真は無かった。がっかりして、もう一度ゆっくり写真を見ていく。 いい写真ばかり選んでいるのだろうけど、社内の様子はどれも楽しそうで、活気にあふれているように見える。征治さんはこの中で働いているんだな。 社長秘書もやっていると言っていたから、こんな有名雑誌に特集されちゃうような新進気鋭のやり手実業家といつも一緒にいるんだ。一度会った時の、山瀬さんの全身から滲み出るようなエネルギーを思い出す。 かっこいいなと思うと同時に、征治さんを遠くに感じた。 その時。トクンと鼓動が跳ねた。

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