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第128話
『違います!征治さんはそんな人じゃない!あの人はとても優しくて、僕に無理強いしたり傷つけるようなことなんてしません。誤解です!』
猛烈な勢いでキーを叩き、画面をグイと吉沢さんに向けた僕は、画面と僕の顔を交互に見る彼の表情を見て、失敗をしたことに気が付いた。
ああ、やってしまった。
浅はかな自分を恨めしく思う。でも、征治さんにあらぬ疑いが掛かった途端、僕の指は脊髄反射のように頭で考える前に動いてしまったのだ。
「・・・はは、そうだよね。あんな良家の子息という感じの人が刺青なんてあるわけないよね。あんまり君に似つかわしくないものを見つけてびっくりして・・・ごめん、変なこと言って」
気まずそうに言われ、何とも言えない空気が流れる。
それでもなお、良家の子息とかそういうことじゃないんだ、征治さんは、征治さんは、と言いつのろうとする自分を抑えこむ。
その後、吉沢さんは更なる追及はしてこなかった。僕もできればこの話題はもう触れられたくないからほっとした。
ただ、すっかりムードは変わってしまい、二人で裸でいるのが間抜けに感じる程だ。
それは吉沢さんも同じだったようで、
「今日はもう寝ようか。セミダブルで男二人はちょっと狭苦しいけど、隣で寝てくれる?」
と、少し寂しげに笑った。なんだか申し訳ないことをしてしまったような気がして、僕は頷いた。
並んでベッドに横になり、気分を変えるように吉沢さんが同じ病院の変人で有名な先生のおかしなエピソードを色々聞かせてくれる。
声をたてては笑えないけど、面白くて僕の口元も緩んでしまう。
「あんなことばっかりやってたら、女性が群がってくる大学病院の医師だとしても、なかなか結婚なんてできないだろうなあ、あの先生。まあ本人も恋愛なんて糞くらえ、リア充爆発しろなんて学生みたいなこと言ってるけどね」
37歳でアフロヘアに黄緑色の眼鏡をかけているというその医師が、リア充爆発しろと喚いている姿を想像して、腹筋に力が入ったとき、さり気なく吉沢さんが聞いてきた。
「風見君は男性も女性も興味がないって言ってたけど、今まで一度も恋をしたことが無いの?」
恋はしたことがある。一度だけ。好き過ぎて胸が痛くなるような恋。征治さんのきりっとした涼しい目、「陽向」と僕を優しく呼ぶ声、眩しい笑顔を思い出す。
目を閉じ、脳内でそれらを味わっていた僕を、吉沢さんがどんな顔で見ていたか知らない。
「きっとあるんだろうね。そうでなきゃ、あんな小説書けないものね」
隣で小さな声で呟くのが聞こえた。
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