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第129話

あれからずっと吉沢さんが何か僕に聞きたそうにしているのが分かる。僕がいつか脇腹の刺し傷と首の後ろのタトゥーについて話し始めるのを待っているのだろう。 僕が感じるに、どういうわけか吉沢さんは僕をピュアな妖精かなにかだとでも思っている節があって、僕の体にあったモノはその対極にあるものだったんじゃないだろうか。 僕も正直に話した方がいいのかなと思う。頑なに過去に触れさせないようにしたら、また吉沢さんが暴走してしまうかもしれない。 だけど、あんまりにも惨めで汚れた過去を打ち明けるのは正直勇気がいるし、それを聞かされた吉沢さんもどう反応していいのか対応に困るのではないかなどと迷って、キーボードを叩き始めてもすぐに指が止まってしまい、書いては消去することを繰り返していた。 あの日から何度か吉沢さんは僕をベッドに誘った。だけど、一度もうまくことを終えることは出来なかった。 吉沢さんは、かつて好きな人に想いが通じたことがなかったとは言っていたが、それなりに経験は積んでいるようで、丁寧かつ手慣れた様子で僕に前戯を施してくれるのだが、僕の体が反応しないのだ。 それは吉沢さんのせいではなく、僕の側に問題がある。 そのことを僕自身はもうずっと前に、自分はこういう人間になったんだと受け入れて生きてきたけれど、今は少しでも僕のものが反応するといいのにと思う。女性でも演技をする人がいるというのは一般論として知っているけれど、その点男は明らかに目に見えてしまって嘘がつけない。 駄目でもそのまま続けてもらっていいのだけれど。吉沢さんが満足してくれれば僕はほっとするんだから。 だけど、吉沢さんはそうじゃないんだ。手を尽くしても僕のものがピクリとも反応しないのを見ると悲しそうな眼をして行為自体を諦めてしまう。 この頃分かってきたが、吉沢さんは結構ロマンチストで僕とのセックスは愛の交歓と捉えているようだった。一度、僕の体の欠陥せいだから続けてと言ってみたけど、力なく首をふって、「また今度試してみよう」と言うだけだった。 そんな訳で、ずっと申し訳ないような気持ちがある僕は、なるべく親愛の情を表すように努めた。 ハグをされたら自分もハグを返す。今まで関心を示していなかった吉沢さんの仕事について聞いてみる。僕の仕事の進捗具合も自ら話す。 それらは分かりやすく吉沢さんを喜ばせた。そして吉沢さんは頻繁に「風見君、好きだよ」と言葉にするようになった。 ずっと吉沢さんが胸の内に秘めていた正直な気持ちに加え、僕を追い詰めないための気遣いも感じられて、本当は欲求が満たされない不満もあるはずなのに、やっぱりこの人は大人だなと思う。 僕も人間的には吉沢さんが好きだと思うから、ありがとうの意味も込めて微笑みで返す。 そうやって何とか僕らはバランスを取っている感じだった。

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