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第131話
吉沢さんの家を失礼して、駅に向かいながら歩く僕の頭を占めているのは、さっき心臓をドクドクさせた原因。
東京を離れるということは、征治さんから遠く離れるということだ。
もう会えないと思っていても、心のどこかですぐ近くに征治さんがいると感じていたのだ。だからこそ、休日に窓から噴水広場を見ることをやめられずにいたんだ。
吉沢さんの話では、近日中に詳しいことがわかるのだそうだが、期間限定の転勤ではなく、行きっぱなしになる可能性が高いと言っていた。
それに僕がついて行くということは、本当にもう二度と征治さんと会えなくなるということだ。
もう、一生会えない?
そう考えると、心臓だけでなく体までぶるると震えてしまう。
気付けば僕は、家に帰るのとは反対方向の都心に向かう電車に乗っていた。
ずっと焦りのような落ち着かない感覚があって、自分が今何をしようとしているのか分かっているようで、でもそれについてよく考えられない。
頭が空回りしていて考えが纏まらない中、「伝えておかないと」「あれを返してもらわなければいけないから」という自分への言い訳の言葉ばかりが浮かんでくる。
到着した地下鉄の駅の出口から、スマホのナビを頼りに歩いてビルを探す。
あ、あれかもしれない。
以前車で送ってもらった時、勝君と一緒に見た建物の外観を思い出した。昼と夜では街の様子がずい分違って見えるが、僕は視力がいいので、かなり遠目からそのビルを見つけ出した。
あのビルの6階から8階がユニコルノのはずだ。
急に、征治さんが居なかったらどうしようと冷静になった。9時じゃ、もう帰ってしまっているかもしれない。ユニコルノの征治さんのアドレスにメールを入れる?
その時、ビルのエントランスが開いて、スーツ姿の男性二人とカジュアルな装いの女性が3人出てきた。
あ、背の高い方の男性は征治さんだ!
心臓がドクンと跳ねた。と同時に僕の足は歩みを止める。
征治さん・・・何度も見返した雑誌の半身の写真じゃない、生身の征治さん。征治さんに無事に会えそうで安心したはずなのに、なぜだか泣きそうな気分になってきた。
そのうち女性の一人が征治さんの腕にしがみついて何か一生懸命話しかけはじめた。征治さんは腕を引っ張られながら、首を横に振って笑っている。
あの女の人は会社の同僚?それにしては距離が近すぎる気が・・・もしかして・・・恋人?
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