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第132話
「秦野さん?」
突然背後から呼びかけられ、飛び上がりそうになった。
びっくりして振り返ると、ユニコルノの社長の山瀬さんが立っていた。
「ユニコルノの山瀬です。覚えていらっしゃいますか?」
頷くと、その節はありがとうございましたと挨拶され、どぎまぎしてしまう。僕はユニコルノとの会談を途中で逃げ出したのだから、そんな風に言われると、とてもきまりが悪い。
「今日は、松平に用事ですか?あ、ちょうどあそこにいますね。あーあ、千春のやつ、また征治に甘えて」
山瀬さんの視線に合わせて、もう一度征治さんの方を見る。さっきの女性がぶんぶん征治さんの手を振り回している。
「あれ、私の妹なんですよ。子供の頃から征治に首ったけでね」
ああ、山瀬さんの妹さんが会社に遊びに来てたのかな?なんとなくホッとしたのもつかの間だった。
「征治には完全にガキ扱いされてますけど、楽天家の千春はやっと恋愛対象としてみてもらえる年齢になったって最近猛アプローチかけてるんですよ。あいつが女子大生モニター企画を自分で持ち込んでくるのも征治に会う口実を作るためだと私は睨んでます」
クスクス笑いながら山瀬さんが言う。でも妹を見る目はとても優しくて、可愛くて仕方がないといった感じだ。
山瀬さんと会うのは2度目だが、山瀬さんはずい分親しげに話してくる。
征治さんは、ユニコルノで僕の作品を使えないと理解してもらうためにも、山瀬さんには僕のことを話していると言っていた。そして、山瀬さんは学生時代からの知り合いで信用できる人だから大丈夫だとも。
だから僕のことを色々知っていて、征治さんの幼馴染という気安さもあるのかもしれない。
「でも征治って根暗でしょ?何かあると表面上は鉄壁の王子スマイルで覆って、内に籠っちゃうから、あいつには千春ぐらい能天気な楽天家の方が丁度いいのかも知れませんけどね」
もう一人の男性が3人の女性の背中を押しながら横断歩道の方へ連れて行こうとしている。征治さんはやっと腕を解放され、4人に手を振ってビルの中に戻りはじめた。
「あ、征治を呼びますか?」
胸ポケットからスマホを取り出しかけた山瀬さんを、首を横に振って制し、お辞儀をすると、僕は地下鉄の駅の方へ戻り始めた。
僕はここへ逸る気持ちで何をしに来たんだっけな。
なぜ、僕が東京を離れることを直接伝えなければと思ったんだろう。
また征治さんとの約束を破ってまで会いに来て、僕は何を期待していた?
征治さんに寂しそうな顔をしてほしかった?
それとも、行くなと言ってほしかったのか?
征治さんには征治さんの世界がある。
征治さんが根暗?内に籠るタイプ?
きっと山瀬さんは僕が征治さんと幼馴染だと思って、同意を求めてああ言ったんだろうけど、僕の中の征治さんのイメージとは重ならない。
今、征治さんの周りにいる人たちが知っていることを僕は何も知らない。
きっと征治さんにとっても僕は過去の人間だ。
福岡へ行くことは、会社の征治さんのアドレスにメールを入れよう。
いや、そもそも知らせる必要なんて・・・ないのかもしれない。
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