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第135話
やってきた吉沢さんの顔を窺うと、目の下にはっきりと隈があったが表情自体はさっぱりとしていて悪くなかった。
昼食は要らないというので、コーヒーを淹れることにする。僕が準備をする間、吉沢さんはずっと窓際に立って、外を眺めていた。
今日はすっきりと澄んだ秋空が広がっていて、眼下の公園の落葉樹が赤や黄色に変わっている様も美しい。
コーヒーをダイニングテーブルに置いても、気付かなかったのか窓際に立ち続けている吉沢さんに知らせようと、傍へ行く。
吉沢さんも秋の風景を楽しんでいるのかなと思った僕は、こちらを向いた彼から全く想定外の台詞を聞く。
「風見君。実はさ、転勤の話、嘘なんだ」
え?
嘘?どういうこと?
「いや、半分本当で半分嘘、かな。うちの病院から福岡へ一人、中堅の臨床心理士を送らなければならないのは、本当。でも、独り身の僕はかなり強く打診はされたけど、絶対に拒否できないわけじゃなかった。
それから、向こうへ行きっぱなしになる可能性が高いって言ったのは、嘘。向こうの問題が改善されれば2年か長くても3年ぐらいで戻ってこられる可能性の方が高いんだ」
そう話す吉沢さんの表情は読み取りにくかった。
どうしてこんなことを言うのかがわからず、戸惑う。結局、福岡へ行くことには変わりないんでしょう?
僕の疑問が分かったように、吉沢さんが言った。
「僕は風見君の気持ちを試したんだ」
顔に自嘲的な笑みが浮かんでいる。
「そして、君は一緒に行くと言ってくれた。凄く嬉しかったよ・・・だから・・・もう十分なんだ」
少し語尾が震えている気がする。
「福岡へは一人で行くよ」
はっとして吉沢さんの目を見る。
「さっき、上司にも僕が行きますと言ってきたんだ。
風見君、・・・僕たちは・・・友達に戻ろう」
え?
どうして?どうしたの?
訳が分からない。僕を試す?十分って何が?
混乱しているのを見て取ったのか、吉沢さんが僕の手を取って、優しい表情で言った。
「風見君。君、松平さんの事が好きだろう?」
心臓がドクンと跳ねた。
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