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第137話

その言葉には激しく共感した。 恋は、苦しい。そして、その苦しさから逃れたいと思っても自分ではどうしようもないのだ。 「苦しいけれど・・・君を本当に愛していたんだ」 赤い目をしてこちらを向いた吉沢さんが、震える声で続けた。 「愛しているから、僕はもう・・・優しすぎる君を、解放してあげようと思う」 胸が酷く痛んだ。 何に対してかよく分からないまま、心の中でごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していた。 「きっと、君に無理をさせたね。君の性格なら僕の申し出を冷たく突っぱねることなんてできなかったよね。ごめんね」 違う。僕が自分で一緒に歩いて行こうと決めたんだ。それを伝えたくて、大きく首を横に振る。 「それでも僕にはとても幸せな時間だった。君と一緒にご飯を食べて、テレビを見て・・・ハグやキスもした。それに、愛した人に初めてちゃんと好きだと伝えることが出来たんだ」 ”風見君、好きだよ” 何度もそう伝えてきた吉沢さんの優しい表情を思い出して、また胸が苦しくなった。 吉沢さんがハッとしたように目を見開いた。 「君の・・・涙を初めてみたよ」 自分でも気づかずにいた涙を、指で優しく拭われる。 何の涙なのか自分でもよくわからなかった。恋の苦しさに共鳴しているのか、自分が彼を酷く傷付けてしまった申し訳なさからなのか、長い間ずっと傍で支えてくれた人との別れが辛いのか。 「僕のために泣いてくれたと思うことにするよ」 笑おうとしてうまくいかなかった吉沢さんを見て、また涙が溢れ、それを見た吉沢さんの両目からも涙が零れた。 そっと僕の体を抱きしめ、言った。 「今はとても辛いけど、僕がこっちに戻って来る頃にはお互い友達として笑って会えるといいな。君は僕に多大な影響を与えた人だから」 それは僕も同じ気持ちだ。この人のことをうまく愛することは出来なかったけれど、僕にとっては兄の様にとても大切な人だったことには変わりないのだ。 僕は吉沢さんの手を取り、手のひらに「ありがとう」と書いた。 それを見て感極まったのか、吉沢さんはもう一度僕を強く抱きしめ、耳元で「ありがとう。どうか元気で」と言ったあと、振り切るように足早に部屋を出て行った。 眼下の公園を駅に向かって凄いスピードで突っ切っていく吉沢さんの姿をみて、今更ながらに感謝の念が溢れだした。 彼が僕のためにしてくれた数々のことを、僕が本当にありがたいと思っていたと、もっとちゃんと言葉にするべきだったのではないか。 でも、きっと吉沢さんは僕のその気持ちもちゃんと分かってくれていたに違いないと思いなおす。 吉沢さん、今までずっと、ありがとうございました。 噴水広場を通り抜けかけた吉沢さんが、ピタリと足を止めたのが分かった。そして、くるりと身を翻すと、こちらに向けて大きく手を振った。 晴天の土曜日の公園には少なからず人がいて、周りの何人かが吉沢さんの方を立ち止まって見ている。 初めて目にする吉沢さんのそのらしからぬ行動に、僕も両手を大きく振り返す。向こうから僕が見えているかは定かではないけれど、僕はぶんぶんと手を振り回し続けた。 やがて吉沢さんはまたくるりと背を向け、駅に向かって歩き始めた。 僕の両目からまた涙が零れていたが、それはさっきとはどこか違う涙だった。

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