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<第13章>   第138話

吉沢さんと別れて、元々静かだった僕の日常は更に静かなものになった。 見知った顔に会うのは税理士事務所へアルバイトに行ったときと、篠田さんとの打ち合わせ、それから図書館で司書さんに会釈するときぐらいだ。 以前のように吉沢さんからのメールでスマホが振動することも無い。 河原の土手の雑草のようにひっそりと生きていきたいと思っていた自分にはぴったりの筈なのに、時々ふと寂しさのようなものを感じてしまう僕は、以前とは少し変わってしまったのだろうか。 こんな時こそ仕事だと机に向かう。 なんとなく、今取り掛かっているものが恋愛ものでなくてよかったと思う。いや、恋愛要素も少しは入っているのだけど、少々コメディ色のあるものなので重くならずに済むのだ。 設定は架空の近未来。突然、世界で奇病が流行りだす。健康だった人が、突然電池が切れたロボット人形のように、体が動かなくなってしまうのだ。意識ははっきりしたまま、手や足がピクリとも動かなくなるのだ。 世界中の医者や研究者の叡智を結集して、原因の究明と治療法が探られる。 その結果、蚊が媒介する突然変異したウィルスが原因で、そのウィルスが出す毒素によって一部の神経伝達物質が影響を受け、脳からの上肢や下肢の筋肉を動かす指令が阻害されてしまうことがわかる。 やがて治療法も発見される。毒素を分解する物質が見つかり、世界中の患者に希望の光が広がる。あとは臨床試験を経て治療薬が大量生産されるのを待つばかりとなったころ。 男二人と女一人の仲のいい幼馴染の三人組。大学群や研究所が集められたアカデミックコロニーで育ち、三人の親は同じ研究所に勤め、それぞれも科学者の卵だ。 その中の男の一人(A)がその奇病に感染してしまう。 周りは、数年後には治療薬が出来る、心配するなと励まし、本人も納得はする。だが、やはり突然動かなくなった手足に戸惑うし、彼の高性能な頭脳はそんな体の状態にお構いなしにフル稼働をしようとするのだ。また、自分の研究がストップしライバルに後れを取ることも彼を焦らせる。 ギアに上手く回転が伝わらず、ピクリとも動かない車のエンジンだけが回転数を上げてヴォーンヴォーンと空ぶかしの唸り声をあげるようなAの様子を見かねた、もう一人の男(B)と女(C)は自分たちで何かできないかと考え始める。 各々が得意とする分野で奮闘をはじめるのだが、少し方向性を間違えた善意はとんでもない展開につながって・・・という話だ。

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