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第139話

架空の世界の話は現実を忘れて異世界に飛べるから楽しい。 今まで僕は割と市井の人々の小さな幸福を描いてきたけど、これからしばらくはファンタジー専門にしようかな、なんて思う。 そうやって楽しいことだけ考えて生きていけたらな。本当は、それは単なる現実逃避だと分かっているけど。 吉沢さんとのことで、僕はすっかり自信を無くしていた。いや、自信なんか最初っからこれっぽっちもなかったけれど。 そもそも僕はなぜ吉沢さんの気持ちに応えようと思ったのか。 望まれたから。こんな僕でも必要だと言ってくれて嬉しかったから。僕が傍にいることで大恩人の吉沢さんが幸せだと思ってくれるなら。 今思えば、僕はなんて傲慢だったんだろう。その傲慢さが、彼を酷く傷付けてしまった。なのに吉沢さんは一言も僕を責めず、大きな愛をくれ、去っていった。 僕が吉沢さんの年齢になるまでにそんな人間になれるだろうか。とてもそんな気はしない。 こんな僕は、やっぱりもっと静かな場所で一人でひっそり暮らしていく方がいいんじゃないか。少なくとも誰かを傷付けたりせずに済むかもしれない。 神奈川の奥の田舎に戻ろうかな。このビルも古さとエレベーターが無いお陰で、近隣のアパートに比べ格段に家賃が安いけど、あのコンビニすら自転車で15分も走らなければならない辺鄙な場所ならきっと税理士事務所のアルバイトが無くても古アパートを借りてやっていけるんじゃないかな。 征治さんとは少し離れてしまうけど・・・。 吉沢さんに「松平さんの事が好きだろう?」と言葉にされて、はっきりわかった。 ずっと胸の奥の方に押し込めていたけど、僕は征治さんが好きなんだ。昔からずっと、変わることなく。 二人の間にあった不幸な期間でさえも、昔のことを思い出さないように暮らしてきたこの何年かの間も、僕は伝わらない恋心を胸に抱き続けていたのだ。そして、それはきっとこれからも変わらない。 だけど、僕は征治さんの邪魔をするつもりは無い。 征治さんもゼロ、若しくはマイナスの状態から今の生活を手にするために、きっと大変な思いをしてきたと思う。その征治さんの今の世界を壊したくない。 そしてこの先、素敵な奥さんとかわいい子供に囲まれて笑って暮らせば征治さんが失ったもののいくつかは取り戻せるかもしれない。 心から征治さんの幸せを願うけど・・・そのうえで僕が僅かな繋がりを求めるのは、いけないことだろうか?我儘なことだろうか? なんでもいいのだ。幼馴染でも同郷の知人でも。あるいは仕事を通じて知り合った、そんなのでもいいから、いつかまた会える可能性を、希望を、僕に残しておいてほしかった。 福岡に移住すればもう一生会えないと思った時、僕を怯えさせた恐怖に近い感覚。あれをもう感じたくない。 僕が密かに想い続けるだけでいいのだ。この想いが征治さんに伝わらなくても構わない。 それでも、どんなに細い繋がりでも、それがあればこれからの僕の生きていく上での心の拠り所になる気がした。

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