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第143話
でも周期的に不安な気持ちは湧いてくる。その原因は分かっている。
先日、僕はユニコルノのすぐ傍で山瀬さんに会っている。山瀬さんと征治さんの距離なら、僕があそこにいたことは征治さんに伝わっていると考えるのが自然だと思う。
あの時は、それを聞いた征治さんが僕に何かあったのかと篠田さんや吉沢さん経由で連絡を取ろうとしてしまうかもしれないと危惧したのだけど、今は逆に何も無かったことを不安に感じてしまうのだ。
決して期待していたわけじゃないけど。
ストーカー騒ぎの時も、「もしうまく解決できなければ連絡して、連絡がないのはいい結果になったと思っておくから」と言われたのだから。
そもそも、征治さんに情報が伝わっていないのかも知れないし。
そう自分に言い聞かせて不安を振り払う。
いいじゃないか。征治さんがもう僕に関心がなくったって。
僕が一人でこっそり思い続けるだけでいいんだから。
時々会って、昔みたいに笑って「陽向」と呼んでもらえるようになったら、僕はそれで十分幸せじゃないか。
征治さんが急に遠くなってしまったあの日から、僕の願いはただそれだけだったじゃないか。
ずっと昔に、優しく「陽向」と呼んでくれた低い声と温かい眼差しを記憶の引き出しから引っぱり出し、うっとりする。
僕は人魚姫じゃない。王子様の征治さんが他の誰かを愛して結婚してしまったって、あぶくになって消えたりしない。
勝君や吉沢さんのように嫉妬に狂ったりしない。
少し離れたところから、征治さんの幸せを願いながら想い続けるのだ。
結局、昨夜は10時半まで待っても征治さんは帰ってこなかった。
今夜は昨日より風があってずい分体感温度が低く感じる。もう少し暖かくしてきた方が良かったかな。冷たいブロックに腰を下ろし身を縮こまらせながら、征治さんの帰りを待つ。
もう何度もそうしたのに、またショルダーバッグにパソコンとタブレットが入っているのを確認する。僕は今日の昼間、征治さんに伝えたいことを既にパソコンに入力してきた。
きっと征治さんは分かってくれる。僕のささやかな望みをかなえてくれる。
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